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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
横山陽菜の場合
56/308

-16-

夜中に目を覚ますと時計は3時半を指していた。

文字通り、すっぽりと亮一の腕に包まれて眠っていた陽菜は、そっと体をよじると上手に亮一の腕から逃れる。

亮一は陽菜が体をよけるとごろりと寝返りを打ったが、そのまま寝息を立てて寝続けている。

・・・リョウ・・・。

5つ年上の恋人の大きな背中を陽菜はじっと見つめて、それからキッチンへ行って水を少し飲んだ。

・・・怒涛の二日間だった。

キャビネの上にある、奏のデザインした一周年記念の案内カードを手に取ると、陽菜は一人で笑う。

一年経とうとしている。

去年のプレオープンも開店の日も、お父さんには来てもらえなかったけど、今回は来てもらえそう・・・。

亮一に美味しいカクテル作ってもらおう!

陽菜はトイレに行ったあと、またそっと布団にもぐり込むと背中から亮一に抱きついた。

「ん・・・ど・・・した?」

陽菜の気配に寝ぼけた声を出す亮一を心底愛しいと思うと、少し伸びをして亮一のうなじにキスを落とした。

「ううん。おやすみ。」

「ん・・・。」

ずっと、傍にいてね、亮一・・・。

5年以上経ってもますます好きになる人に出会えてよかった!

陽菜は亮一の背中に顔を押し付けると、すーっと眠りに入っていった。


「陽菜、お父さんに電話してきたら?」

雨のせいか客足の鈍い日で、4人連れが帰って行った10時半に亮一が隣に立つ陽菜に声をかける。

陽菜は頷くと手を拭いながら店のキッチンの奥にある休憩室に入り、父親へ電話をかけた。

「お父さん? 陽菜だけど・・・あの、今ちょっといいかな?」

父親はワンコールで電話に出たので、一気に陽菜の緊張が高まった。

「陽菜。 いいよ、何?」

電話の向こうで姿勢を正したような父親の気配に陽菜までがますます緊張してきた。

「あの・・・週末は色々・・・ありがとう。 早速だけど、今度の日曜日に亮一をきちんとお父さんに紹介したくて、その・・・そっち帰りたいんだけど、いいかな?」

・・・ちょっと、亮一に初めてキスされた時より鼓動が激しいって、どういうこと!

陽菜は一人でツッコミながら、小さく息を吐く。

父親はくすっと笑った後で、穏やかな声で言った。

「再来週の週末はまた日、月、と連休なんだろう? 来週じゃなく、泊まりの用意をして再来週の日曜日においで。 亮一くんも泊まってもらえる用意でな。 だから、車でもいいよ。 うちにきちんと挨拶に来てもらった後・・・この一年間、お前たちがどうやってきたのかをじっくりと聞きたいからね。 で、次の日は二人でそろって亮一くんのご両親に挨拶に行きなさい。 だから、連休の方がいい。」

父親のセリフに、また陽菜の目に涙が浮かんだ。

「・・・亮一も泊まっていいの?」

「お母さんが古い来客用の布団捨てて新しいの買う、って、今真剣にネットで探してるよ。」

明るい父親のセリフに陽菜も涙声で笑った。

・・・そうだったよね、昔から私とお父さんって、こうやっていつも笑って会話してたよね。

陽菜は姿勢を正して、右手で涙をぬぐった。

「わかった、じゃあ、二人で泊まりの用意して再来週の日曜に帰るね。 また近づいたら電話する。」

「うん。 お母さんに代わらなくていいな? 電卓片手に忙しそうだから。」

「あはは、うん、代わらなくっていい。 お父さん・・・ありがとう。」

「お父さん、週末に散髪行っとくよ。」

父親は笑って電話を切った。

「ふっ・・・う・・・。」

・・・最近泣き虫だ、私!

陽菜は流れる涙を拭うと、壁に掛けてある鏡を覗いた。

見事に充血して潤んでいる自分の瞳を見て思わずのけぞる。

「わ・・・どうしよう。」

店に戻るかどうするか瞬時に躊躇したところへドアが開いて亮一が顔を出す。

気になって様子を見に来た亮一は、振り返った陽菜の顔を見て明らかに動揺した。

「え? どうした、陽菜! なんかあったか!」

薄暗い店内と違って、小さな文字も読めるように、と明るい照明を入れた休憩室で陽菜の表情ははっきり亮一の目に映る。

陽菜はティッシュでそっと目を押さえると苦笑いした。

「いや、どうせなら来週でなく再来週泊まりで来い、って言われただけ。 泣き癖ついちゃったみたい。 ってことでリョウ、いきなりのお泊りミッションだから、よろしくね!」

陽菜のセリフにまた亮一がのけぞった。

「え、泊まりで来いって? うええ、緊張するよ、マジかよ? ・・・あ、来週じゃなくなったなら、日曜にカットしに行っとこ。」

父親と同じセリフに陽菜は思わず大声で笑った。

「・・・何?」

亮一が後ろ手にドアを閉めると陽菜をそっと抱きしめて髪を撫でてくれる。

「お父さんと同じこと言った! お父さんも、今週末散髪行くんだって、あはは!」

ティッシュで涙をぎゅっと押さえると、陽菜は自分から亮一にキスをした。

「10分だけ、ここにいてもいい? 顔洗ってから行く。」

亮一はぎゅっと陽菜を抱きしめるとそっと体を離した。

「了解。 ・・・ああ、緊張してきた。」

「今からそんなじゃ、あと10日ほどもたないよ!」

ドアを開けて笑いながら亮一が表へ戻る。

・・・よし、頑張る!

陽菜は小さなソファに横たわるとぐっと拳を握って気合を入れた。

つき合い始めてすぐにもらった指輪が右の薬指でキラリと光った。

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