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陽菜は静かな涙を拭って、続けた。
「仕事を辞めたことも。 親ともめてまでここに亮一と住んでることも。 お店始めたことも、お昼にカフェの担当してることも、何一つ後悔していない。 なのにどうしてお父さんに対して・・・胸張り続けなかったかな、私。 情けな・・・自分が情けなくて、涙が出る。」
陽菜はティッシュで涙を拭くと、軽く咳払いをして姿勢を正して亮一を見た。
「・・・亮一、大好きです。 これからも一緒にいてね・・・来週、私の恋人として、うちの親に会って・・・ください。」
陽菜が頭を下げた時、亮一も我慢の限界を迎えた。
「陽菜・・・。」
ガタン、と音をたてて椅子から立ち上がるとテーブルの向こうで小さく体を丸める恋人の肩を抱きしめた。
「バカ、ここくらいオレにカッコつけさせろよ。 なに、その男らしいセリフ・・・もう、オレが何言ってもしまらないじゃないか。」
陽菜を抱きしめてそう言うと、陽菜が吹きだして自分から亮一の背中に腕を回して強く抱きついてきた。
「オレも・・・ぐずぐず逃げててごめんな。 来週、挨拶行くよ。 お前のお父さんとお母さんに、陽菜とオレがこの先もずっと一緒に生きていくこと、ちゃんと認めてもらう。 ・・・逃がさないよ、陽菜。 ずっとオレの傍にいて。」
え、これって・・・ひょっとして?
陽菜は亮一の腕の中で思わず固まると、気配を察した亮一が力を増して陽菜を抱きしめた。
「いた・・・いたたっ、亮一! 痛い・・・。」
「固まるとこかよ、そこ? 返事はよ?」
大げさにもがくと、亮一の苦笑いの声が頭上から降ってきた。
・・・もう!
どうせなら、それこそカクテルでも飲みながら、もっとゴージャスでオシャレな言葉がよかったな!
そう思いながら陽菜はまた涙があふれてくるのを止めることができなかった。
「うん・・・はい・・・。 ずっと亮一の傍にいる。 大好き、亮一。」
陽菜はやっと顔を上げると、少し不安そうな眼差しの亮一の視線と出会った。
「・・・今のは第一弾ね。 第二弾は、私だけのためにお店でカクテル作って、そこで歯の浮くようなセリフを囁いて!」
「バカ! イヤだよ、そんな羞恥プレイ! なんの罰ゲームだよそれ!」
本気で慌てる亮一が可愛くて、陽菜はまたティッシュで涙を拭うともう一度亮一と正面から目があって、そして二人の顔が近づいて唇が触れた。
囁くような軽いキスを何度も何度も角度を変えて繰り返した後、亮一が陽菜の頭を抱えるように抱きこんで、深いキスを落とす。
「リョ・・・イチ・・・。」
陽菜が絶え絶えに亮一の名を呼びながら顔を上げると、潤んだ瞳の亮一と視線が合って、思わず息を飲んだ。
「あ・・・見るな、陽菜!」
・・・そう、亮一は優しいんだよ。
本当は争いも嫌いだし、もめそうになると自分が折れたりガマンすることを厭わない。
優しくて、私とは全く違う強さを持った人。
その亮一が、今度お父さんに会おう、って自分でも決めてくれていた・・・。
他の人にしてみたらたいしたことなくっても、それは亮一の中でどんなに大きな変化だったか、私にはわかるよ。
・・・一緒にお店する、って私が言った時も涙を流してくれたっけ。
あなたの涙・・・とっても男らしいと思う。
「リョウ・・・。」
陽菜がそっと亮一の目じりに口づけるとしょっぱい味がした。
「わっ!」
急に勢いよく立ち上がった亮一に驚いてひっくり返りそうになったところを上手に亮一が抱きとめて、そのまま引っ張るようにベッドへ連れていかれた。
「あ・・・待って。」
「無理、待てない!」
二人はそのまま丁寧に体を重ね、やっと亮一が陽菜から離れた時には陽菜はもう半分まどろんでいた。
「服、後で着せてやるから・・・大丈夫?」
「加減してよね・・・。」
珍しく激しく陽菜を抱いた亮一が陽菜の頬にキスを落とすとすっぽりと陽菜を抱きしめた。
「また、ナガセのケーキが手土産じゃ芸がないな。 隆臣にスペシャルケーキ焼いてもらお。」
亮一の真剣なまなざしに思わず陽菜が吹きだした。
「うちのごたごたにオミくんを巻き込まない! お父さんね、マドレーヌ好きだよ。 ナガセに買いに行く? リョウが買って来てね。」
「マドレーヌな、了解。 オミに超豪華なの焼いとけ、って言っておく。」
「だから、いちいちオミくん巻き込まない!」
陽菜が笑って亮一も笑った。
一瞬亮一が黙って、そして陽菜の目を見て照れた笑を浮かべた。
「アマノ・ヒナ、って、なかなかしっくりくるじゃねえ?」
いたずらっこの微笑みに陽菜は負けて吹きだす。
「ほら、またこういう大事な話を裸で抱きあってる時にする!」
「・・・お前、ペラペラしゃべんなよ? アノ後裸で抱きあってる時にこんなこと言われただの・・・。」
「とりあえず、ヒトちゃんに報告しとく。」
「孝誠んとこは、むしろ最後でいい!」
焦る亮一の口を陽菜が勢いよく塞いだ。
「ヨコヤマ・リョウイチよりしっくりくるね!」
「・・・だろ?」
陽菜の目から静かで温かい涙が、また一筋こぼれた。




