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久しぶりに三人で出かけて、少し離れたところにあるそば屋で昼食を済ませた。
三人仲よく天ざるを頼み、そこは陽菜が支払いをした。
「陽菜にごちそうしてもらうなんて久しぶりだなあ。 雨でも降るんじゃないか?」
父親はシートベルトをしながらそんな軽口を叩く。
「失礼ね! ちょこちょこ食べに行った時は持ったりしてたもん。」
陽菜はそう言いつつも三人で出かけるのが数年ぶりであることに気づいていて、思わず後部座席で俯いてしまった。
父親はルームミラーで陽菜を確認すると、小さな声で笑った。
「陽菜、ごちそうさま。」
陽菜はミラーの中で父親を見ると笑った。
父親は会社のコンペの話があるということで街中へ戻り、陽菜と母親はそのままデパートなどを回って遊んでいた。
「ねえ、陽菜。 喉渇いちゃった、ちょっと座らない?」
母親のセリフに適当なカフェに腰を落ち着ける。
母親はメニューにゆず茶のジンジャーエール割を見つけて頼み、陽菜はハニーミルクティを頼んだ。
パフェスプーンで底のゆずをかき混ぜながら、母親が穏やかな顔で陽菜を見た。
「陽菜、今度いつ亮一さん連れて来るの?」
やっと妙齢の娘と母親の会話らしいものができて、陽菜は少し感動する。
「来週日曜・・・とか、お願いしたいな。 日帰りになるけど。」
少しでも早く会って欲しい。
自分の大好きな人を大好きな両親に会わせたい。
母親はくすっと吹きだした。
「待ちきれない、って顔に書いてある。 ・・・電話でいいから、亮一さんの確認取れたら直接お父さんに申し入れなさいよ。 電車でおいでね、飲むだろうから。」
カフェでする話題かな・・・と陽菜は少し躊躇したけれど、素直に頷いた。
「・・・待ちきれない・・・。」
そう呟くと、母親がスプーンを持ち上げたままぽかんとした顔をして、そして笑った。
「あはは・・・! 陽菜が素直になった!」
母親の屈託のない笑顔がいまはとても心地よかった。
その後、母親が手袋が欲しいということで手袋を選んでそろそろ決まろうかというところへ亮一から電話がかかってきた。
・・・今日はオミくんところで打ち合わせしてたんだよね、終わったのかな?
コールに対応しようと画面をタッチする瞬間、この展開を伝えたら亮一はどう反応するか、と不安と楽しみが交錯した。
「陽菜? 何してた? 今日は何時頃行こうか。」
亮一の声になぜか思わず涙ぐみそうになる。
陽菜はゴクリ、と唾を飲みこむと言った。
「亮一? ああ、今お母さんと買い物来てて。 これ買ったら戻るからそれ以降でお願いしていい?」
・・・これって、わかるわけないよね!
自分で自分に突っ込むと、静かに息を吸いこんで目を閉じた。
「あのね・・・お父さんがね・・・今度、亮一と会うって。 あのね、昨日、色々あったの。 あ、心配しないでね、修羅場とかじゃなくて、でも、色々あったの。 また聞いてくれるかな、帰ってから。」
そう言いながら昨日の母親のお膳立てや、久しぶりに父親の前で泣いたこと、今亮一に猛烈に会いたいことなどが込み上げてきて泣きそうになる。
亮一は聞こえたのか聞こえないのか、返事がなかったので不安になった。
「・・・亮一?」
「ああ、ごめん、驚いて・・・。 もちろん・・・。 聞くよ。 今日じゃなくて、今度、かな?」
焦った声が返ってきて思わず陽菜は吹きだしそうになる。
待たせてごめんね・・・私の大好きなお父さんに会ってね!
陽菜は笑いながら続けた。
「うん、来週とかでもいいけど、今日は無理って。 心の準備が。 ・・・待たせてごめんね、亮一。 ・・・会ってもらえる?」
最後のセリフを口にした途端、また不安感に襲われて自分の左腕を抱えるようにして俯いた。
亮一の声がする。
「もちろん。 また後で話そうか。 そしたら、オレも今コーヒー飲んでるから、ちょっとしたらそっち向かうから。 隆臣のところでケーキ買ったから、お母さんたちに渡してから帰ろうな。」
「うん。」
焦った声はもういつもの声に戻っていて、2時間後に迎えに来てもらうことで決着した。
「亮一さん、何時にお迎え来るって?」
母親が手袋を3つ並べて品定めしながら聞いてくる。
「2時間後。 でも、もう4時前だよね。 これ買ったら帰ろうよ。」
「そうね・・・でも、待って! リボンってありきたりよね? このスリットのがカッコいいけどスリット寒いよね? どうしよう?」
陽菜は亮一のことを頭から振り払うと、母の手袋を選んでプレゼントした。
家に帰って準備をしていたら、亮一からもうすぐ着くとの連絡があった。
「上がってもらったらいいよ。」
陽菜の母親が部屋の入り口で笑うけれど、陽菜は即答で断った。
「亮一は絶対上がらないよ、お父さんにOKもらえるまで。 そういうとこ律儀だから。 ・・・あの・・・お母さん、ありがとう。 ガマンして待っててくれて・・・今回助けてくれて・・・。」
母がドアにもたれてくすっと笑った。
「いつまでも手のかかるお姫様、この子は。」
「悪かったわね!」
また涙が出そうで困った。




