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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
横山陽菜の場合
48/308

-8-

陽菜は、母のセリフに固まった。

「亮一も・・・?」

陽菜の口から洩れた短いセリフを母はちゃんと察してくれて、苦笑いしながら言った。

「陽菜、お父さんだけがわからずやだと思ってるの? お母さんに言わせたらみんなアウト。 お父さんも亮一さんも陽菜も。」

自分の名前も出てきて陽菜はさらに驚いて声も出ないでそのまま瞬きをした。

「わた・・・しも・・?」

母は泣き出しそうな顔に表情を変えると、赤ワインを一口飲んで陽菜を見た。

「みんな、全然だめよ・・・。」

陽菜は俯いてワイングラスをじっと見つめると、母が続けた。

泣いた陽菜をあやす時に聞いた、懐かしい声色だった。


「お父さんとお母さんは最初は結婚反対されてた、って言ったよね? お母さんたちが働いてた会社は知っての通り大手だから、結婚も大事だけどもっと頑張れ、って言われたのよ。 あの頃は結婚したら退職だったから。 おじいちゃんは反対した・・・。 お父さんはね、誠意を見せるんだって言って、忙しい中を毎日うちに来てくれたわよ。 おじいちゃんが意地になって玄関さえ開けないのに、毎日、毎日、うちのチャイム鳴らして。 毎日来ればそれが誠実か、って言うとそれは違うと思うけど、それでも毎日時間をかけて自分の話を聞いてもらおうとする姿勢はおじいちゃんにも伝わったよ。 ・・・亮一くんは、陽菜とお父さんが気まずくならないよう待つ、って言ってるけど、お母さんには二人を言い訳にして逃げてるようにしか見えない。 意地悪な見方でごめんね、でも本当。」

24歳で大手企業を退職し、そこで出会った父親と結婚してすぐに陽菜を授かった・・・というのは聞いていたが、こんな部分を聞くのは初めてだったので陽菜は固まったまま母を見た。

母親はグラスを空けて続けた。

「陽菜もそう。 お父さんを本気で説得しようと思ってる? 毎回、帰る間際までは上っ面の会話をして、帰る直前にお父さんに話持ちかけて、もめたらすぐ帰って。 お母さんには、陽菜はお父さん説得するつもりないんだな、って思える。 二人を応援してるつもりなのに、お母さんの気持ちにも報いようとしてないって思える。 ・・・これでも毎回悲しんでいるのよ・・応援する二人が・・・まるで本気でお父さんとぶつかろうとしない。」

母は、くすっと笑った。

「一生このままふわふわしてるのも手よ? 陽菜ちゃん、あなたどうしたいの? 亮一さんも・・・今後どうしたいの? お母さん、これでも一年待ったよ。 悪いけど、もう限界。 お店を持って不安定でも自分たちの夢に向かって頑張りたい、っていう二人を応援したいけど、もう疲れた。」

「だってっ!」

辛辣にも聞こえる母のセリフは陽菜の痛いところをついていて、思わず陽菜は声をあげた。

「一生このまま・・・イヤ! 私、みんなに胸張って亮一の生涯のパートナーであることを言いたい・・・。 亮一と結婚して・・・お店がんばって・・・お父さんやお母さんも一緒に笑いたい!」

陽菜が絞り出すように言うと、隣に座っている母親がそっと頭を撫でた。

「どうしてその一言をお父さんに伝えられないの。」

母親の言葉は相変わらず辛辣で、それでもトーンはとても優しくて、陽菜はおさえていたものがぐっと上がってきた。

「お母さん、私、亮一をカレシです、ってお父さんに紹介して、お父さんと亮一が仲よく・・・なって・・・みんなで・・・鍋とか・・・したい・・・。 でも、お父さん・・・好きだも・・・ケンカ・・・怖い・・・した・・・ないもん!」

声を抑えようとしても声も涙も止まらなくなり、陽菜は子供のように泣きじゃくった。

「・・・私っ・・・けっこっ・・・ん・・・できる・・・かなあっ!  お母さん・・・! わた・・・し・・・どうした・・・いい・・・かなぁ!」

・・・どうしたらいいか。

それは父親と対峙して自分の気持ちを伝えることとわかっていても、陽菜の口からはそんな言葉が零れ落ちた。

泣きじゃくる陽菜を母はそっと抱きしめると、まるで小さい子供をあやすように髪を撫でてくれた。

「わたし・・・も・・・子供とかっ・・・ほしい! どうど・・・堂々と・・・結婚・・・したいよっ・・・。 私って・・・そんな・・・信用・・・ない・・・ないかなあっ? おと・・・さん・・・そんな・・・私・・・嫌いか・・・嫌いかなあっ!」

母は陽菜の頭を撫で続ける。

「嫌いなわけないでしょ・・・何をきいてたの。 お父さんは陽菜が大事なの、不安定な人生を歩んでほしくないの。 じゃあね、陽菜はお父さんとわかりあう、っていうことを諦めるの? 自分の夢のため、家族を切り捨てるの?」

母が陽菜を強く抱きしめたままそう呟くその言葉にハッとなり、陽菜は呼吸が少し乱れた。

「切り・・・捨てっ・・・そんな・・・こと、いち・・・ど・・・だって・・・。 お父さん・・・切りす・・・なんて・・・するわけ・・・ない!」

少し体を離して涙を拭いながら陽菜がそう言うと、母が言った。

「・・・お父さん。 聞こえているでしょう? 陽菜がこんなに苦しんでる。 こっちに来て、ちゃんと陽菜の話を聞いて。」

陽菜がこれまで聞いたことのないような低い声で母が言うと、しばらくして父親がリビングに入ってきた。

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