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母の得意料理の親子丼と陽菜の好きな白菜と揚げの味噌汁を食べると、とりあえず二人でソファに座った。
「・・・お腹いっぱいで動きたくない・・・。」
本当に大盛りにしてくれた丼を、それでもぺろりと平らげた陽菜は、クッションを抱いて大げさにのけぞる。
「陽菜も三十路なんだから、無茶するとすぐにお腹につくよ。」
「やなこと言うねえ!」
陽菜は笑いながら、あらためて自分の年齢に気づいて少しため息をついた。
・・・20代で結婚して、遅くても33歳までに出産を終えるつもりだった。
子どもは二人か三人。
性別はどっちでもいいけど、三姉妹って憧れるなあ!
大学時代の親友とよく話したことを思い出す。
・・・裕子は二人目が産まれたんだっけ・・・子供はいらない、って言ってた裕子が・・・。
わが身を振り返ると、結婚どころか交際相手のことを父親に認めてすらもらっていない・・・。
陽菜はため息をつくと、何を勘違いしたか母が笑った。
「どれだけ満腹なの、陽菜ちゃん! そしたら、ちょっと休憩したらお散歩がてら買い物行こうよ。 今晩何する?」
「この満腹じゃメニューなんて浮かばないよ。」
陽菜が笑うと母も笑った。
「じゃあ、ちらしずししようか、久しぶりに。」
母が陽菜の好物を提案してくれたので一も二もなくそれに乗る。
「おっきなエビ乗せてね!」
「それを買いに行くんでしょ!」
少し休憩した後、二人はそろって家を出た。
結局そのままショッピングモールをぶらついて、カフェでワッフルを半分こして食べ、母の靴を買い、陽菜はエプロンを新調し、スーパーで買い出しをして帰ったら4時過ぎだった。
帰るとあまり休む間もなくちらしずしの準備に取り掛かる。
シイタケや高野豆腐を戻したり、エビをゆがいたり、ちまちまとたくさんの下準備をするのは、まるでままごとのようで陽菜はキライではない。
ごぼうやきぬさやも入れて、出来上がったと同時に父親が帰って来て思わず陽菜は吹きだした。
「鼻いいよね、お父さん。」
「・・・すっごいタイミングね・・・。」
「ただいま! お、陽菜。」
ゴルフに行っていたので、それなりな格好をした父が戻ってきて陽菜を見て相好を崩す。
「おかえり、お父さん。」
「ただいま。」
・・・ほら、もう身構えてるよ。
笑ったのも一瞬で、父親は娘がいつ何を言い出すか、と身構えた様子に陽菜が心の中でつっこんだ。
「お寿司作ったよ! 唐揚げ買ってきたし、お母さん、もう食べようよ!」
陽菜はあえて何もふれずに笑って食事の用意をした。
母の作ったちらしずしは文句なく美味しかった。
陽菜の作った錦糸卵も薄く上手にできて、大きなエビとさやえんどうを上に散らすとなかなかの見栄えとなった。
「お母さんの手料理で一番好きなのがちらしずし。 次はトマトソースのきのこパスタ。」
遠慮なくちらしずしを口に運びながらそう言うと、ビールを飲みながら父が笑った。
「お父さんは餃子だな。」
「あはは、ニンニクたっぷりのね!」
「今度・・・作ろうよ。 私も久しぶりに食べたいよ。」
『今度帰ってきたら』という言い回しはかろうじて飲み込み、一人で慌てた陽菜はぐいっとビールを流し込んだ。
そのまま三人でダラダラと飲み続けた。
いつの間にか父親は焼酎を飲んでおり、意外に飲める母親はワインを陽菜に注いでくれた。
陽菜はキッチンで簡単なつまみを作ってきて、テレビを観ながらグラスを傾ける。
ふと父親を見ると、父親はさっきから遠慮なくグラスを重ねる母親のことを優しくみつめていた。
この両親は、この年になってもとても仲がよい。
職場での大恋愛の末に結婚したと聞いた。
・・・自分はそうやって好きな人と結ばれて・・・お父さんは私が亮一のこと反対されてキツイのとか、平気なのかな。
途端にワインの味がわからなくなる。
・・・逃げないと決めたけど、いつ切り出したらいいだろう。
陽菜は急に早く打ち出した自分の鼓動に少し驚いて胸に手を当てて深呼吸するとワインを一口飲んだ。
「・・・さて、ちょっとシャワー浴びて来ようかな。 べとべとだよ。」
すると、気配を察したのか父親が急に立ち上がるとグラスをキッチンに置いて滑るようにリビングを出て行く。
あまりの速さに陽菜はあっけにとられて見送って、そして大きなため息をつくと、一気にグラスを空けた。
その様子に、母が小さな声で陽菜を見て言った。
「陽菜ちゃん、今日はお父さんとちゃんと話しようか。 お母さんも、できるだけ亮一さんとお父さんの両方の気持ちが落ち着くのを・・・気が済むのを待つつもりだったけど、来月開店一年でしょう? もう、いい加減進まないといけないと思うのよね。」
正面切った話題に陽菜は思わず息を飲んだ。
「いつお父さんが折れるか、いつ亮一さんが乗り込んできてくれるか、って思ってたけど。 男性陣待ってたらおばあちゃんになっちゃう。」
・・・お父さんも・・・亮一も・・・?
陽菜は固まったまま、強い意志を瞳に浮かべた母親の顔をじっと見つめた。




