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「ふう、よし! 帰ろう、亮一。」
片付けの終わった1時半に陽菜は亮一と並んで店を出た。
カギをかけてシャッターを閉めるのは亮一の役目。
翌日は雨の予報だったので、きっと客も少ないだろうな、と話をしていたら亮一が空を見上げて笑いながら言った。
「日曜は晴れるみたいだし、お母さんたちとのんびりしておいで。」
途端に陽菜の胸が重くなり、つい俯いてしまった。
・・・お母さんと会えるのはうれしいけど・・・また微妙な空気でお父さんと会うのかな、明後日・・・。
「うん・・・でも、晴れなら今週はリョウと遊びに行きたいな。」
いい天気と聞くと、実家に帰るよりも亮一とどこかに遠出したくなってしまう。
俯いたままの陽菜の肩を笑いながらギュッと抱き寄せると、亮一は小さな声で呟いた。
「ダメ、一緒に住むときにあれだけオレが豪語したんだから、月に一度は帰ること。 のんびりして来いよ、送っていくから。」
そう・・・亮一はお母さんに頭を下げて約束してくれたことを、一つ一つ忠実に守ってくれている。
真面目に頑張るってことも、お店を軌道に乗せるってことも。
私を月に一度実家に帰らせることも、その送迎も。
お父さんに会えなくても、毎度送迎をしてくれる。
陽菜は亮一の誠実さにあらためて気づいてやっと顔を上げた。
「うん・・・。 お父さん、今回はリョウと会ってくれたらいいんだけどね。」
「あはは、まあ、焦っても仕方ないよ!」
亮一はこんなに誠実なのに、私はお父さんと気まずいのが嫌でいつも当たり障りのない話ばかり。
そして、いつも帰宅直前にお父さんに亮一に会ってほしいと話をして、もめて、ふくれて、お迎えに来てくれた亮一の車に乗って。
・・・私、情けない。
陽菜は亮一を見上げた。
私が甘いせいで一年間も無駄にしてしまった。
・・・今度は逃げない。
そうしているとマンションに着いたので、陽菜は亮一に飛びつくように抱きついてキスをした。
「早くシャワーしよう! やろう、今夜!」
「お前、もう少し包んだモノの言い方できないのかよ!」
間髪入れずに亮一がつっこんできてくすっと笑ったが、そのまま背の高い亮一を見上げると真剣な顔の亮一が近づいてきた。
亮一のキスはいつも激しくて、そして甘く、陽菜は足の力が抜けるのを覚える。
亮一は荒くて大きな息をつくと陽菜の手を引いてそのままバスルームへ直行し、バスルームでも何度もキスを交わした後で水滴の残った体でベッドへなだれこみ、
そして、それまでの激しさがウソのように優しく丁寧に陽菜を抱いた。
陽菜は亮一が愛しくて、逆に途中から激しく亮一を求める。
・・・もっと・・・もっとリョウに近づきたい・・・。
「ちょ・・・待てよ、陽菜!」
攻撃的な陽菜に亮一が焦った声を上げるけれど、陽菜はその唇すらふさいで亮一にしがみつく。
「や・・・待たない・・・もっとリョウ・・・近く・・・。」
二人の荒い吐息が交じり合い、二人はそっと体の力を抜いた。
土曜日は雨のせいでいつもよりのんびりと仕事を終え、夜は早々に寝てしまった。
翌日は亮一に送ってもらって実家に帰ったが、父親はゴルフに出かけており、母親がエントランスまで降りてきてくれた。
「亮一さん、いつも送ってくれてごめんなさいね。 お父さん、出かけちゃって・・・ほんと、子供みたいで・・・。 一年経ったからね、そろそろお母さんもイライラしてきたから、ちょっとお父さんのことは任せてね!」
母親のそんなセリフに陽菜はハッとなり、亮一は目に見えて慌てた。
「そんな、オレは・・・あの、お父さんが納得してくださるまで待ちますから・・・。」
父親の許しをもらえるまで家には上がらない、と、いつもここで亮一と別れる。
私が逃げていたから、お母さんにも精神的に負担かけてて、亮一にもずっと迷惑かけている。
陽菜は少し強く拳を握ると、亮一に手を振って母と自宅へ戻った。
「お父さん、ゴルフだけど6時過ぎには帰るって。 今夜何しよう? お昼、とりあえず食べようか。」
母がエレベーターで陽菜を見て嬉しそうに笑う。
一人っ子の陽菜と若くして陽菜を産んだ母とは、姉妹に間違われるほど仲がよかった。
陽菜が亮一と住むようになって初めて実家に帰った時、母が痩せていてびっくりした。
陽菜が指摘すると、母は笑って答えた。
「痩せた? そっかあ。 お父さん出張多いし、陽菜ちゃんいないし、陽菜ちゃん、ちゃんと食べてるかな、とか思ったらなんか食欲わかなくて。 でも、今日からまたしっかり食べるね。」
なぜかその会話を思い出し、陽菜は母の腕を組んだ。
「ん? なあに、陽菜?」
「なんでもない。 お腹空いたから大盛りね!」
「はいはい。 今日はおネギじゃなくて三つ葉にしたよ。」
「わあ、大好き!」
陽菜はさらに強く母にしがみつくと、一か月ぶりの実家へ入った。




