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最後の客が帰ったので、1時前だが店を閉めることにした。
皿洗いは陽菜が、机を動かしての掃除は主に亮一が担当することになっている。
食洗機も併用しながら陽菜は丁寧に食器を洗いながら、薄暗い店内でキレイに床を掃く亮一を見て、今さらながらに店内をぐるりと見回した。
『ソレイユ』
フランス語で太陽を意味するこの店名は、陽菜の名前にちなんで亮一が決めた。
店名については相談はされず、「決めたよ。」という事後報告だけだった。
じっくり準備をして二人で開店にこぎつけたこの店も、もうすぐ一年を迎える。
二人でSEとして働いていた頃とはまた違った疲労が体を襲うが、それでもあの頃より自宅で過ごす時間が増えているというのは恐ろしい。
あのままSEを続けていたら・・・という生活は、もう想像もできない。
5歳年上の亮一は会社で「仕事ができるイケメン」として人気が高かったので、まさか自分と付き合うことになるとは思っていなかった。
ましてや、一緒にお店を持つだなんて・・・。
同じプロジェクトに入る一年ほど前から仕事で一緒になることが増え、物腰が柔らかいのに人をまとめるのが上手な亮一に一目置いたのが始まりだった。
それから、どんどん惹かれていった。
他にも亮一を狙っている女性はいたが、亮一が普段から「忙しくて彼女どころじゃないよ」と豪語して止まなかったので、なんとなくみんなアタックできずにいた。
陽菜は飲み会などでちょこちょこと隣を占めたりして少しずつ自分をアピールしていたが、果たしてどこまで亮一に届いているのかわからなかった。
亮一は飄々としたところがあり、彼の優しさは自分だけに向けられているのではない、ということは陽菜も承知していた。
だから、あの時・・・。
デスマの最中にどうしてもシャワーを浴びたかった陽菜が仲間の男性の家に行こうとしたら、怒ったような顔の亮一に急に腕をつかまれて廊下に連れ出された時は本当に驚いた。
シャワーを浴びに行くだけだ、と少し怒った口調で言った陽菜に向かって、亮一が焦ったように言った。
「・・・なら、うちに来いよ。 メシ作ってやるし、カクテルも作ってやる。」
自分の耳が信じられなかった。
・・・天野さんが、私を誘ってくれた・・・?
お部屋に呼んでくれた?
まさか、松田さんちに行こうとした私にやきもち妬いてくれた?
陽菜は一瞬固まって俯いたけれど、この機会は逃さない、と顔を上げた。
「・・・天野さん・・・シャワー貸してくれる?」
「・・・ベッドも貸してやる。」
ベッドというセリフにビクッと肩を震わせたが、いつも感情を出さない亮一が赤い顔で自分を誘ってくれたことに陽菜は賭けた。
陽菜は真夜中に亮一の部屋に転がりこんで、亮一は申し出通りに美味しいパスタとカクテルを作ってくれた。
まさかシェイカーでカクテルを作ってくれるとは思わず驚いたが、シェイカーを振る長いキレイな指先から目が離せなかった。
好きなカクテル、バラライカを飲み終わった時に陽菜が唇をぬぐうと、それを追うように亮一の親指が陽菜の唇をなぞり、そのまま頬を包み込まれた。
少し困ったような亮一の瞳が真っすぐに陽菜を捉え、そのまま丁寧にキスをされた。
「・・・天野さんがお部屋に呼んでくれた。 夢みたい・・・。」
何度も唇を重ねたあと、ポツンと陽菜が呟くと亮一が荒い吐息を隠しながら陽菜の耳元で囁く。
「・・・もっと近づいてもいいか?」
「うん・・・。」
・・・そう、お部屋に呼んでもらっていきなり抱かれちゃって、その後裸で寝転んでいる時につきあって、とか言われたんだったっけ・・・。
めちゃくちゃだったな、私たち。
その時の一連の流れを思い出した陽菜が吹きだすと、亮一が振り返って怪訝そうな顔をした。
「今、一人で笑った? 怖いな。」
陽菜はそのままクスクス笑って答えた。
「初めて亮一の部屋に行った時のこと、思い出してた。 矛盾だらけだったよね、抱いた後で裸でつきあってー、だなんて、ヒドイ男。」
陽菜のセリフに亮一がモップを投げ捨てて笑いながら飛んできた。
「おい、人聞き悪い! お前も誘ったくせに!」
「誘ってないよ、なに、その言い・・・方・・・ん・・・。」
亮一が陽菜の両手をつかんだままでキスをしてきた。
意外に深いそのキスに陽菜が呼吸を乱すと、満足したような視線を投げてまた亮一がモップを手に取った。
「社内だし考えないようにしてたけど、ずっと気になってたんだよ、陽菜のこと。 あの日、抑えてたのが一気に噴き出したの。 悪いか。」
「悪くない。 ・・・私たちは恵まれた社内恋愛したんだね。」
円のことを思い出して陽菜がそう言うと、亮一もモップをかけながら返事をした。
「そうだな・・・恵まれてた。」
陽菜は俯いた亮一をみつめながら、シンクを磨き上げた。




