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華やかな圭輔たちを見た後、もう一度陽菜は円を見た。
電話はいつしか終わっていたようで、グラスのワインはほとんど残っていない。
先週から円は頻繁に店にやってくるが、いつも難しそうな顔で電話をして、その後カウンターに来て亮一や陽菜と少し話をして帰る。
毎回ぽつぽつとしゃべってくれたことには、最近一回りも年上の職場のバツイチの男性と親しくなったらしいが、その男性について色々悩んでいる、ということだった。
家電メーカーで研究開発職に就いている円の先輩にあたるその男性は、最近の異動で職場が一緒になり食事をする仲になったらしいが、周囲が色々穏やかでない、と円が苦笑いする。
「好きなんだろ、その人のこと。 なんか障害あんのかよ。 まあ、同じ職場ってのは大きいけど・・・バツイチってのも多少は問題か・・・。 年、離れてることもけっこうネック? ・・・なんだ、問題だらけかよ。」
フォローするつもりがそんなセリフを吐いてしまった亮一に陽菜が肘を入れるとその姿を見て円が久しぶりに笑顔を見せた。
「あはは、でしょ? ・・・離婚は去年成立したらしいけど、その前から3年も別居しててね。 奥さん、元社員なんだって。 お子さん産むときに体調悪くて辞めて、その後別の子会社に再就職したらしいんだけど。 中学生の坊やがいるんだって。 見た目はぼさーっとしてるんだけど、仕事はすごいの、研究者としては超有能。」
「どうやって親しくなったんだ? 仕事しててなんとなく、か?」
客も少なくなった店でカウンターで赤ワインを転がす円に亮一がそう言うと円が笑った。
「ん、すっごくベタだよ。 その人の歓迎会で意気投合・・・っていうか、離婚したその人と、コウちゃんに失恋した私とで傷をなめ合ったというか・・・。 その日、私泥酔しちゃってね、主役のその人に家まで連れて帰ってきてもらったんだよ。 カナに下まで迎えに来てもらって・・・しんどかった・・・。」
「・・・何をやってんだ、円は・・・。」
円は苦笑いしてワインを口に含むと、ミックスチョコをぽいっと口に入れてまたしゃべりだした。
「で、迷惑かけたお詫びを・・・って言ったら、独り身になって晩御飯がいつも冴えないから付き合って、って言われて。 ピザのおいしいお店に行ってワイン飲んで騒いで盛り上がった。 そのまま、泊っちゃった。」
あまりに赤裸々な告白に、黙っていた陽菜が思わず食いついた。
「え、もうヤったの! 展開はやっ!」
陽菜の露骨なセリフに亮一がすかさず陽菜の頭をはたいた。
「こら、陽菜!」
「わ、ごめん、マーちゃん!」
円は飾らない二人のやり取りを本当におかしそうにみて、そしてぽつっと言った。
「残念ながら、ヤってません・・・。 一緒のお布団で寝たけど・・・温かかった。」
円が俯いたので、亮一がワインを黙って継ぎ足してやった。
「このワインはおごり。 ゆっくり飲めよ?」
円が頷いて、そしてまた顔を上げた。
「・・・コウちゃんはあんなカッコよかったのに、次に好きになった人が冴えないアラフォーのバツイチ、って、路線変更しすぎだろ、って、自分でも笑う!」
円のセリフに亮一が遠慮なく吹きだしてお腹を抱えたあと、真剣な顔で円にぐいっと顔を近づけた。
「何が一番問題だ? 何が苦しい?」
亮一の指摘に円がぐっと黙ると陽菜を見た。
「陽菜さんたちも職場で知り合ったよね? しんどかった?」
陽菜は亮一を見上げる。
「私は別に・・・。 すぐにカミングアウトしたしね?」
「そうだな。 周りに気を遣った部分はあるけどしんどくはなかった。」
二人の答えに円が小さく苦笑いした。
「冴えないくせにモテるみたいで。 先週同期の子から恋愛相談受けたら、その子もその人のこと好きなんだ、って。 ・・・言いそびれたよ、私も好きだってこと。 食事したことがあることも、家に泊まったことがあることも。 でも・・・同期の子に・・・どういえば言い? 黙ってるのも卑怯だよね。」
・・・マーちゃん、またしんどい恋愛しちゃってるなあ。
陽菜は円をみつめた。
あれだけ亮一に言われたのにあっという間にグラスを空けると、円が陽菜を見た。
「陽菜さん、ワインおかわり。 ・・・いつも暗い飲み方してごめん。 でも、家だとあれ以来カナが聞き耳立ててそうで・・・最近はヨウもよく来るしね。 ・・・私、藤代さんのこと好きなのはどうしても譲れないけど友人のことも大切で・・・。 どうしたら友人を傷つけないで済むのか、そればっか気になってて。 最近、電話で藤代さんとしゃべってても難しい顔してるのは、そういうわけだと思う。」
陽菜が円の頭をそっと撫でると、円の目から涙がこぼれた。
「・・・正直にお友達に言ってみようか。 ・・・時間が空いたら余計にこじれちゃうんじゃないかな? 人を好きになるのって止められないもん・・・。 今度、お店に連れておいで、そのお友達でも、藤代さんでもどっちでもいいから。」
円が手の甲で涙をぬぐいながら、何度も何度も頷いた。
陽菜は円の頭をずっと撫で続けた。




