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亮一の弟の圭輔と、圭輔の一つ下の恭子、恭子の一つ下の聡美がぞろぞろ店に入ってきた。
少し酔った様子の恭子が圭輔の腕を組むように立っており、圭輔は左腕に恭子をぶら下げたままで首を巡らせて、聡美がちゃんと着いてきているか見ている。
ここのところ、しょっちゅうこの三人でつるんでいるようだが、最近どうも三人の仲が危なっかしいことに、ニブイと言われる亮一も気づいてきた。
圭輔は自分の気持ちが誰かに見透かされてるとは思ってもないようだし、第一自分でその気持ちに気づいているのかどうかも怪しい。
恭子に至っては圭輔が誰が好きなのか、など考えてもいないようで、結局はあまり本音を表に出さない聡美がすべての事情を抱え込んでうまくさばいているように思える。
はしっこ軍団の中でも一番年下の聡美は、みんなの妹ポジションにいるくせに甘え下手なところがあり、なにより必要以上に空気を読んで自分を抑えることも多いということは、亮一にもわかっていた。
もっとも、この三人の関係が変わりつつあることに先に気づいたのは陽菜だった。
「ねえ、亮一? ケイくんたちって三人でいること多いけど、なんか最近危ういなあ、と思わない? ケイくん、きっと今、恋愛と友情の狭間で揺れまくってるんだろうね?」
カフェの時間帯に客足が落ち着いたので、カウンターの中で二人でパスタをつつきながらの陽菜のセリフに亮一がフォークを加えたまま軽くのけ反る。
亮一にとって圭輔はいつまでも小さな弟という感覚が抜けないので、恋愛と圭輔が結びつかなかったことものけ反った要因の一つだった。
「・・・ケイが・・・揺れてる、って? 恋愛と友情のハザマって、どういう意味?」
やっとパスタを飲みこんだ亮一の質問に、陽菜は直接的な答えを出さなかった。
「ケイくんもお年頃なんだね、ってことだよ。 26歳だっけ? 出会った頃はまだ成人式だの言ってたってのに、早いよねえ?」
陽菜の含み笑いの笑顔がなんだか憎らしかったが、その言葉をきっかけに弟を冷静に観察してみたら、どうやら聡美のことが幼なじみ以上に気になっているように思えた。
それと同時に恭子も圭輔に対して幼なじみ以上の感情を抱いていることにも気づいてしまい、近い幼なじみたちの生々しい一面を垣間見たようで亮一は一人で照れてしまった。
そんな中、はしっこ軍団が集まると圭輔はなんとなく恭子とペアになることが多く、聡美は恭子の妹分ということもあり、いつも控えているようだった。
今日も圭輔の隣には当然のように恭子が座り、聡美は向かいに腰かける。
・・・でも、さっきから圭輔が世話を焼いているのは聡美に対してばかりだ、ということを、当の圭輔を含め三人は気づいているのだろうか。
そして、聡美は圭輔が自分をかまってくれるたびに、いつもちらりと恭子を見る。
圭輔があまりに自分にばかり話しかけると、上手に話題を恭子へ持っていく。
・・・また、一人で空気読んでるな、聡美のヤツ・・・。
亮一は笑いながらも少し寂しそうな聡美の表情と、酔いに任せてやたらと圭輔にからむ恭子の姿を見て複雑な気持ちになった。
「幼なじみ、って、けっこうやっかいな時、あるもんだな。」
思わずそう呟くと聡美の好きな『ダージリンクーラー』を作るためにティフィンのボトルを持って来た陽菜が茶化さずに笑った。
「そうだね。 私は亮一と幼なじみじゃなくってよかった、って思うもん。」
「・・・今ならなんかわかる、そのニュアンス・・・。」
亮一はもう一度三人に目を向けたあと、弟の好きなレモンハートのボトルを手に取った。
「あ、恭子ちゃんもレモンハートのロックだって。」
陽菜がグラスを二つ手渡してきて、亮一が顔をしかめた。
「恭子、けっこうご機嫌だったぞ? こっそり水足してやろうかな?」
「やだ、やめなよ! いいじゃない、ケイくんもサトちゃんもいるんだし、アキくんやみんなもいるんだし、飲ませてあげたら?」
「恭子は酔うとうるさいからなあ。 店の品が落ちる!」
「ひどいね、お客に向かって!」
陽菜が亮一のセリフに遠慮なく笑って、それでも小声でつっこむと亮一が目線を伏せて言った。
その視線はバーのマスターではなく、すっかり年下の幼なじみを見守る兄貴分の顔になっていた。
「・・・キョウのこともよく知ってんだよ、幼なじみだからな!」
「・・・そっか。」
心配そうな表情を浮かべながらも穏やかに笑う亮一を見て、陽菜は小さく呟くとまた亮一にぴったりと寄り添った。