-19-
斉藤と入ったダブルスを終えると、聡美は汗をぬぐってコートの外に腰を下ろしてまだ続いている男子のゲームを見つめた。
圭輔、隆臣のペアも強いが、桜井と奥山という男性とのペアもなかなかしぶとい。
二人は向こうのコートに入っていたので表情をうかがうと、二人ともとても楽しそうにしていてこちらまで楽しくなってきた。
「わ、ケイくん、ごめん!」
「おら・・・よっと。 お前動け!」
「運動久しぶりなんだ・・・っと・・・あー、きつい! あ、もっかいごめん! もう奥山さん、打たないで!」
隆臣が逃したシャトルを上手に圭輔が拾いラリーが続く中で二人が怒鳴りあっている姿に対戦相手の桜井が笑ってしまった。
「ちょっと、天野くんも隆臣くんも! 笑わせんの、なし!」
奥山も思わず吹き出して甘いショットを返すとここぞと隆臣がスマッシュを決めて、桜井と奥山が大笑いしてコートに沈んだ。
「なんだよ、その作戦!」
「あー、気持ちいい!」
「連れながら、オレもお前のプレイはどうかと思う!」
スマッシュを決めて得意顔の隆臣とさすがに申し訳なさそうな圭輔の顔に聡美も思わず爆笑した。
大笑いして涙を拭いていたら理子がすっと隣に来た。
「聡美ちゃん、彼氏いるの?」
今日が初対面とは思えない突然の質問に聡美が固まる。
「ね、いるの?」
もう一度聞かれて、聡美は軽く頭を横に振った。
「いないですけど。」
理子はまだ続けた。
「じゃあ大学時代は彼氏いた?」
何を聞いてくるのか、と思わず理子の顔を真剣に見返すと理子がくすっと笑った。
「やだ、そんな顔しないで、興味あるだけだから。」
悪びれずそう言うと、また期待に満ちた目で聡美を見た。
「・・・まあ、いましたけど。」
聡美は大学時代に一年ほど付き合った後、また友達に戻った大事な「友人」の顔を思い浮かべた。
「それって天野くん?」
「違う! ち、違います。」
間髪入れない理子のセリフに聡美はカッとなった。
直球な質問に愛想笑いを浮かべていた顔が思わずひきつる様子を見て理子がくすっと笑った。
「あ、違うんだ? じゃあいいかな。 ね、私、天野くんのこと好きなんだよね。 今日もチャンスと思ってついてきたら聡美ちゃんいてちょっとがっかりしちゃったんだけど。 でも、過去も今もつき合ってないみたいだし、私、遠慮しないからね! これからよろしく!」
理子はにこっと笑うと聡美の返事を待つかのように黙って聡美を見つめる。
「・・・よろしくお願いします。」
・・・何をお願いするの?
自分で自分に突っ込みながらも、聡美は軽く理子に会釈した。
「で? ねえ、天野くんのことは好きなの?」
初対面の人になんでこんなこと聞かれてるんだろう、私。
聡美はかなりムッとしたけれど、圭輔の同期であるということで気分を切り替え、そしてはっきりと言った。
「私、ずっと昔からケイちゃんのこと好きです。」
まさか答えるとは思わなかったのか、理子がのけぞった。
「それって、恋人希望ってこと?」
理子の質問に、今度は答える義理はないな、と思っていたら隆臣と圭輔の声がハモった。
「こら聡美、ちゃんと見てろ!」
「応援しろよ、隆臣へろへろだぞ!」
・・・助かった・・・。
「ちゃんと見てるよ! オミ、へばんの早すぎ!」
聡美は立ち上がると二人に声をかけた。
「え、三人とも車?」
練習が終わって帰る時に圭輔が理子に手を振ると、理子が不満そうな顔をした。
結局入会することとなり、次の土曜日の練習から来るという話になった。
「オミの車あるからな。 オレら超近所だし。 また明日な。」
圭輔が話を終えようとすると、まだ理子が食い下がった。
「えー、天野くんたちどっちだっけ? 森野の方?」
「森野塚だからもっと奥。 島谷さんは西浜でしょ、反対方向。」
圭輔のセリフに理子がふくれたがそれ以上はさすがにごねることはなかった。
「じゃあまた明日ね。 聡美ちゃん、隆臣くん、また土曜日!」
「お疲れ! オレは土曜来ないけど、また来週ね。」
「お疲れ様でした。」
聡美が会釈をすると、それを待って圭輔が聡美の荷物を無言で取り上げて持ってくれた。
理子の視線が気になったけれど、聡美は振り返ることなく圭輔たちと一緒に駐車場に向かった。
車に着くと今日は圭輔が助手席に座った。
「あー、やっぱ楽だな、車。」
隆臣がエンジンをかけながらそう言うと、圭輔もシートに身を投げて同意する。
「贅沢覚えた、もう水曜に電車で練習なんてあり得ねえ。 わかったな、オミ?」
「兄ちゃんの車だから毎週出せるわけじゃないからな! ・・・って、兄ちゃんが強くケイくんに言っておけ、と。」
「うるっさいなあ、章穂は。」
照れた様子の圭輔を見て隆臣が車を発進させながら笑うと、さらりと理子のことを話題にする。
「なんかケイくん、島谷さんに狙われてない?」
ストレートなセリフに聡美も圭輔も吹きだした。
「表現包め、もうちょい!」
今度は隆臣が笑う。
「だって島谷さん、垂れ流し。 サトもずいぶん牽制されてたね、大丈夫だった?」
聡美が理子との会話を思い出して苦笑すると、聡美が答えないことで二人が状況を察した。
「・・・オレは島谷さんに興味ないから。 今日もほんとはイヤだったんだよ・・・なんでプライベートまで会社のヤツと顔合わせんだよ。」
圭輔がため息をつく姿に聡美は思わずホッとした自分に気づき、ちょっと反省した。
「オミは土曜仕事? 多分車出すから一緒に行こう、サト。 また連絡する。 ・・・じゃ、ちょっと寝るわ。」
圭輔があくびをしながらそう言うと、ハンドルを握ったまま隆臣が叫ぶ。
「はあ? 堂々と助手席で寝るの? サトと代わればよかったのに。」
「こっちのが寝やすい。 あ、サト、そっちずれて、座席倒す。」
「自由だねえ、ケイちゃん。」
圭輔が遠慮なく座席を倒したおかげで端正な横顔がよく見える。
まつ毛の長い切れ長な目をじっと見つめていたらふいに圭輔が聡美を見たのでびっくりした。
「・・・島谷さんに何か言われたら、絶対オレに言えよ?」
真剣な顔の圭輔に思わず先ほどの会話を伝えたくなったが、相手に乗せられて宣戦布告するかのように言い放った自分のセリフを思い出すと躊躇した。
「うん。」
少しの間圭輔は聡美を見つめていたが、小さく笑うと目を閉じた。
・・・ケイちゃんのこと、好きだって言っちゃったよ・・・。
聡美は隆臣と会話をしながら、そっとため息をついた。




