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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
城戸聡美の場合
36/308

-16-

圭輔の車に乗せてもらった夜は興奮して眠れないかと思ったが、逆にぐっすり熟睡して、自分でも驚いた。

朝ゆっくり起きて時計を見ると10時半過ぎだった。

たまった家事をしていると、外で恭子の声がしたので洗面所の窓からそっと外をのぞくと恭子が圭輔の車の前で何やら騒いでいた。

「・・・だって、圭輔が赤ってさあ?」

「そう? 聡美はオレらしい、って言ってくれたけど?」

「ええ、本当? サトは見る目ないんじゃないの?」

・・・言ってくれるわね!

聡美は怒るどころかおかしくて思わず吹きだしてしまったけれど、そのまま耳を澄ませた。

「いいよ、わかるヤツにわかってもらえたら。 ほら、今日は午後から母さんが車出せっていうから、早く行くぞ。」

「なによ、めんどくさそうに!」

二人の会話が途切れたかと思うと、エンジンのかかる音がした。

「・・・私はケイちゃんに似合ってると思う。」

聡美はそう呟くと洗濯機を回した。


「明日飲みに行かない?」

火曜の夜、恭子からそうメールが届いて聡美はドキッとした。

翌日は圭輔と隆臣と一緒にバドミントンをする水曜日だった。

しばらく画面を見つめて、その後圭輔の番号を表示させると電話をかける。

「聡美?」

「あ、ケイちゃん。 ごめん、今大丈夫かな?」

ワンコールで圭輔が出て驚く。

「家だよ。 どうした?」

聡美はちらりと窓を見る。

もちろん、カーテンを閉めているので通り向かいの圭輔の部屋は見えないが、向こうもこっちを見ているかな、などと思いつつ口を開いた。

「あの・・・私たちがバドミントンすること、キョウちゃんに言った?」

「え? あ、まだ言ってない。 どうした?」

圭輔の声が少し険しくなるので、慌てて聡美が笑った。

「あは、そっか。 いや、明日飲みに行こうって誘われたから。 じゃ、ケイちゃんとオミとバドなんだ、って返しておく。」

一瞬、電話の向こうで圭輔が考え込む気配がした。

「・・・ああ。 で、明日は行けそう? また先週と同じ感じで待ち合わせよう。」

「うん、わかった。 ごめんね、急に電話して。」

「いや・・・。 じゃ、また明日。」

「おやすみ。」

電話を切ろうとしたら焦った声で圭輔が叫ぶ声がした。

「あ、聡美!」

「え、なに?」

「・・・ちゃんと眠れてるか? 眠れないなら電話しておいで。 そっち行くから。」

圭輔の声が途端に耳に甘く届いた気がして聡美は真っ赤になる。

「うん、ありがとう。 寝不足続いたら甘えて呼びつけるかも。」

「高いけどな!」

「お金とるの!」

圭輔が笑いながら電話を切ったが、聡美はまだ耳が熱くてしばらくそのまま固まっていた。

それから、簡単なメールを恭子に返した。

「ごめん、明日は隆臣と圭ちゃんとバド行くの。 先週三人でサークル入ったんだ。 明後日ならどうかな?」

悩む前に送信すると、すぐに返事が来て聡美は画面を見るのを一瞬ためらった。

「えええ! ずるい、三人でバドだなんて! 木曜は聡美のおごりね? あー、なんか疎外感! じゃ、またメールする。」

恭子のメールに思わず苦笑する。

・・・ごめんね。

聡美は携帯を投げ捨てると布団をかぶって寝ようとしたが、その夜はなかなか寝付けなかった。


水曜日の朝早くに隆臣が電話をかけてきてびっくりした。

「おはよう! オレ、今日休みだから車出すわ。 お前とケイくんのラケット車で運ぶから今から取りに行くな。」

ありがたい申し出に感謝しつつ、まだ化粧していないどころかパジャマ姿の自分に慌てる。

「ありがとう! でも、私まだパジャマ! 会社行く時にオミのとこに持っていくよ。」

隆臣は承知して電話を切ったので聡美も慌てて支度をし、出勤途中に隆臣の家のチャイムを鳴らした。

「おはよ、聡美。 じゃ、預かるわ。」

「・・・すごい恰好だね。 百年の恋も醒めるよ。」

隆臣はぼさぼさの頭のままで悪気なく出てきて、聡美に指摘されて大声で笑った。

「お前がオレに恋してんの? そら光栄。」

「するわけないわ。」

「即答かよ、失礼なヤツ。 帰り乗せてやらないぞ、歩け!」

隆臣が軽く聡美を叩くとラケットと荷物を受け取った。

「今日、一緒に打とうな! あー、体動くかな。」

「デスクワークより体力あるでしょ!じゃありがと、後でね。」

聡美は元気に手を振った。


夕方、定時で会社を出て行儀悪くコンビニの前でおにぎりをほおばる。

・・・学生時代でもしたことないや、こんなこと。

それでも圭輔と一緒にプレイするならそれなりにしっかり動きたいと思い、急いでお茶でおにぎりを押し込むと早足で圭輔と待ち合わせている最寄り駅へと向かった。

改札の前に圭輔の姿を見つけたので走って行こうとすると、圭輔と知らない女性がしゃべっていることに気付いて、駆け寄るのを躊躇する。

すると、圭輔がすぐに聡美に気づいた。

「サト! 早かったな。」

とりあえず女性に会釈すると、圭輔が困った顔で聡美を見て言った。

「オレの同期の島谷さん。 バドしたいんだって。」

「初めまして、島谷です。 ねえ天野くん。 彼女がいつも謂ってる『地元のツレ』って子?」

初対面からそんなことを言ってくる女性にムッとしたが、聡美は笑顔を作った。

「城戸です、初めまして。」

「・・・今日は練習見学したいんだって。 行くか。」

島谷が当然のように圭輔の隣に並び、聡美はいつもの恭子と三人で歩く時のように一歩控えて後ろをついていく。

圭輔が振り返って聡美を見た。

「早くこっち来いよ、サト。」

・・・行きたいよ。

聡美はそう心で呟くと、笑って少し早足になってみせたが、圭輔と並ぶことなく体育館へと向かった。

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