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またどこに連れて行くつもりか、圭輔は買ったばかりの新車を軽快に走らせる。
「いつから車買おうって思ってたの?」
聡美が基本的な質問をすると、圭輔が運転しながらも若干目線を宙に浮かせて考えた。
「うーん。 学生の頃から欲しかったけど、うち、車あっただろ?」
確かに、結婚するまで孝誠は自宅にいたし、圭輔の父親もなんだかいい車に乗っていた。
「車庫2台までしか入らないし、外に借りてまで自分の車買うのも、って思って。 コウ兄の車借りて、ダメなら父さんの借りたら用が足りてたけど、ここ2年くらいかな、自分の欲しいなって思って。 一括払いだぞ、すごくない?」
聡美はショールームで値段を確認していたので、思わず叫んだ。
「ええ! あんなに高い値札着いてたのに!」
「・・・値札っていうなよ。 すっげえ小さい買い物した気分になるだろ。」
圭輔は憮然として答えた。
「あはは、ごめん。 でも、ケイちゃんも男の子だね、自分の車欲しいんだ。」
「そうだな。 自由に使える自分の車って、やっぱ悪くないね。」
元々よく家族の車を借りて出かける姿を見かけていたが、圭輔の運転はとても滑らかだった。
「可愛い聡美ちゃんが隣にいて、最高!」
「・・・うそ臭いよ!」
圭輔はゲラゲラ笑うと、機嫌よさそうにハンドルを切った。
「えー、ここ来てみたかったんだ。 キョウちゃんの雑誌で特集組んでたよね、見た?」
少し郊外にあるイタリア料理の店に到着すると、聡美が嬌声をあげた。
「恭子の雑誌でも取り上げてた? 最近有名になってきたみたいだな。 前、コウ兄とヒトちゃんと3人で来て。 オレ、ドライバーで、ご馳走にはなったけどオレだけ飲めず! あいつらベロベロ!」
圭輔は以前に真ん中の兄夫妻と来たことがあるようだった。
孝誠の妻の一葉はとてもサバサバした性格でどちらかというと寡黙なタイプの孝誠と正反対に思えるが、高校時代から一度離れてまたくっついて、そして結婚した。
いまだにとても仲の良い二人は、円には少し悪いと思いつつ、聡美は理想の夫婦像として崇めているのだった。
「あの二人と? コウちゃんたちもいいお店よく知ってるよね!」
「客から聞いたりするんだって。 ・・・あ、予約してました天野です。」
駐車場からしゃべりながら到着すると、圭輔が予約してくれていたことにびっくりした。
「お待ちしておりました、こちらへどうぞ。」
聡美はあまりに完璧な圭輔の姿にあっけにとられて思わず足を止める。
不審そうな顔で振り返った圭輔が聡美の手を引いた。
「なんだよ。」
「・・・なんかケイちゃんが完璧すぎて、雨降りそう・・・。」
「失礼だな!」
つながれた手はすぐに振りほどかれて軽く頭を叩かれた。
「楽しかったぁ!」
食事は申し分なく美味しかった。
明太クリームパスタと、カルボナーラ、マルゲリータピザ、サラダ。
圭輔が聡美にワインを勧めてくれたが、
「『納車の日に自分だけワイン飲んだよな!』って一生言われそうだから我慢する!」
と言った聡美のセリフに圭輔が大うけして、結局二人でミネラルウォーターで乾杯した。
「パスタがクリーム系でかぶっちゃった。」
「明太もカルボナーラも好きだから問題ないよ。 ほら、サラダ食え、お肌が曲がるぞ、そろそろ!」
「まだまだ若いよ、失礼ね!」
軽口を叩きながらのんびりと食事をし、ドルチェを食べる頃にはもう3時を回っていたけれど、お店ものんびり対応してくれてくつろげた。
その後、バドミントンの練習場所まで確認で移動したところで母親から電話が入り、聡美が晩御飯に誘われた。
電話を受けた圭輔が一瞬ためらった様子を見せたが、どうするか聞いてきたので、聡美は喜んでごちそうになると伝えて、今、帰ってきたところだった。
時計は7時をさしていた。
「今日乗せてくれてありがとう! ・・・キョウちゃんとかが一番じゃなくてよかったの?」
聞こうとは思ってなかったのに、自宅の車庫に入り恭子の家が目に入ると思わずそんな質問をしてしまって、自分で慌てて口を閉じる。
すると、圭輔が鋭く言った。
「恭子は関係ない!」
語気の荒さに思わず聡美がビクッとすると、圭輔もハッとして苦笑いした。
「あ・・・ごめ・・・。 あのな、恭子は関係ないんだ。 オレがお前乗せてやりたかったの。 迷惑だったか?」
少し首を傾げる圭輔の姿に聡美は思わず顔が赤くなる。
「・・・嬉しかった・・・ありがとう。」
「本当は四つ星垰行こうと思ってたんだ、夜景がキレイらしくって。 今度行くか。 来週練習帰りに行こうぜ。」
さっきの態度を隠すかのように圭輔が言うと、ふいに圭輔の顔が近づいてきた。
「聡美、オレな・・・。」
「あー、圭輔! なに、この車!」
聡美がドキッとした瞬間、車の外から恭子の声が聞こえた。
圭輔がハッとして体を離す。
「車買ったの! あ、聡美!」
・・・ケイちゃん、今の・・・何・・・?
聡美は圭輔も恭子もどっちの顔も直視できず、うつむいて呼吸を整えた。




