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「次、降りるぞ。」
電車に揺られて他愛のない話をしていたら、圭輔が窓の外をちらりと見てからそう言った。
デパートやショッピングモールのある駅だったので、服でも買うのかと隣の圭輔の顔を見るが、相変わらず何を買いたいかは言わない。
駅に着いたので圭輔に着いて改札を抜けてショッピングモールへ向かおうとすると圭輔が手を引いた。
「違う、こっちこっち。」
「え? デパートは後? どこ行くっての、ケイちゃん?」
また聡美の質問には答えないで圭輔が聡美の前を歩く。
「デパートは今日は行かないかな。 ほら、こっち、黙ってりゃ着くって。」
不審がる聡美を面白がっているかのように、圭輔はとにかく何を買いたいのかについては答えずに聡美を連れて歩き、やっと到着すると驚く聡美の手を軽く引いて自動ドアをくぐった。
「え、ここ?」
「そう、ここ。」
「・・・買い物って・・・もしかして車買うの?」
「そうだよ?」
「えーっ!」
受付の女性がにこやかに圭輔に挨拶をして、商談スペースへ案内されながら聡美は周りも気にせず思わず大声で叫んでしまって、慌てて口を押えた。
「・・・車なんて大きな買い物、さらっと言わないでよ! びっくりした・・・。」
聡美が胸を押さえて大きな息をつく姿がよっぽどおかしかったのか、圭輔はまだお腹を抱えて笑っている。
「聡美の反応、想定外に面白かったな! ウケる!」
圭輔が少し咳込みながら言うので、聡美はジロリと圭輔を睨んだ。
「びっくりするでしょ、普通・・・。」
そこへ圭輔の担当らしき人がやってきて聡美にも挨拶をしてくれた。
隣で座っていたらいいのかと椅子を引きかけたら、圭輔が聡美の体を反転させて言った。
「お前、せっかくだから車見てろよ。 オレ、ちょっと担当さんと話あるから。 あ、そこ、フリードリンクだから、好きなの飲みながら回ってれば? あ、ドリンクってリッドかぶせたら飲みながら見ても大丈夫ですよね?」
担当が笑顔で肯定したたので、圭輔の提案はなんとなく不自然にも感じたけれど、聡美はおとなしく頷いた。
「うん、わかった。 じゃ、ちょっと見てくる。」
聡美はそう言うと受付の人に案内されてベンダーでドリンクをもらい、そのままショールーム内を回る。
ドイツ車らしい剛健なルックスの車と参考価格をじっくり見ながら、車が欲しいなんて圭輔も男の子だったんだな、と思い、一人でくすくす笑った。
一通り見て回ろうかとする頃、圭輔がやってきて隣に立った。
「どう? どれか気に入ったのあった?」
腰に手をやって仁王立ちの圭輔に聡美が笑いかける。
「あはは、私が気に入ったら買ってくれるっての? それならもう一回真剣に見て回ろうかな。」
「そんな美味しい話があるかよ。」
圭輔が吹き出して、聡美も一緒になって笑った。
一緒にゆっくり歩きながら聡美が一台の車の前で立ち止まるとボディを軽く撫でて圭輔を見上げた。
「ねえケイちゃん、この赤い色綺麗だと思わない? 私、どっちかっていうと青が好きなんだけど、この赤はいいな、って思う。 さっきからずっと目についてんの。」
「そう?」
圭輔が目を細めて車を見て、聡美は車の正面に回りながら深みのある赤いボディを見つめる。
数ある車の中でなぜか一番目についたのがこの車だったのだが、圭輔がどの車を欲しがっているのか、ふと興味がわいた。
「ケイちゃんはどれ狙ってんの?」
聡美のセリフに圭輔が小さく笑うと圭輔も軽く赤い車のボディを撫でた。
「実は、まさにこの車なんだよね。」
圭輔のセリフに聡美が声を上げた。
「え、本当? 気が合うねえ! ほんと、綺麗な色してる。 ・・・わ、高いなあ、さすが外車!」
上機嫌で笑いながら参考価格を見て目を丸くする聡美の姿に、圭輔は小さく笑った。
そこへ、担当がやってきた。
「天野様、お待たせしました。 では表にお車回してきますね。 その間に書類にいくつかご署名いただきたいのですが、よろしいですか?」
「あ、行きます。」
・・・え?
二人の会話を聞いて、聡美は違和感を覚えて圭輔を見上げる。
圭輔はなんだか得意げな顔で聡美を見下ろすと、背中を軽くたたいて担当と一緒にまた商談スペースに戻ろうとしたので慌てて二人の後をついて行った。
「・・・もしかして試乗するの?」
聡美のセリフが聞こえなかったのか、担当がにこやかに笑って振り返った。
「これから早速ドライブですか? このレッドは街中でも目を引く色ですから、注目を浴びながらの運転は気持ちいいですよ! お天気でよかったですね!」
さすがにここまで来ると聡美にも状況が飲みこめてきて、そしてまた大声で叫んでしまった。
「ケイちゃん、もしかしてもうこれ買ったの?」
驚く聡美の顔をみて満足そうに笑うと、圭輔がまた背中をポンッと叩いた。
「そうだよ? 今日納車でもうすぐ表に車来るってよ。」
「ええっ!」
あまりの展開に驚きを通り越した聡美が呆然とすると、圭輔が満足そうに笑って言った。
「びっくりした? 親は知ってるけどリョウ兄にもコウ兄にも、まだ誰にも言ってないんだよ。」
私が初めて・・そう思うと特別感で心がいっぱいになる。
「聡美が助手席一番乗り。 高いぞ!」
「お金とるの!」
圭輔の軽口にやっと聡美がいつもの調子を取り戻して笑い、その姿を見て圭輔がまた満足そうに笑った。




