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終バスはそれなりに混んでいたので、ほぼ最後に飛び乗った四人は当然席がなかった。
三人もがラケットと大きな荷物を持っているので、車内ではそれなりに邪魔になっている。
「聡美、荷物貸して、こっちの足元空いてるし。」
「ありがと・・・わっ!」
章穂が聡美の荷物を持ってくれた途端、カーブで体が揺れて章穂のところに聡美が飛んで行った。
そのはずみに圭輔と隆臣は二人と離れる形になり、間に人が入ってきた。
章穂が聡美を軽くかばうように抱き寄せ、聡美も最初は踏ん張ってみたものの章穂に甘える形で少し体重をかける。
「まっすぐ立てない・・・ごめん、アキくん。」
「重たいな、聡美。」
「悪かったわね、大学時代から体重増えてないよ!」
軽口を叩き合っていた二人だが、ふと章穂が黙るとポンポン、と聡美の背中を軽く叩いて聡美の耳元に顔を寄せた。
「なあ、聡美。 ・・・今日ごめんな、変なこと言って。 からかうつもりじゃなくって、ただ・・・お前も周り気にせず、その、楽しんだらいいんじゃないかと思って。」
「う・・・ん。」
突然の章穂の小声がなぜかとても心に沁みた。
『よかったな、サト。 これで堂々とケイと二人で疑似デートできるじゃねえの。』
悪酔いしたのか、さっきの章穂のセリフがぐるぐると頭をめぐる。
あの時動揺したのは単にからかわれた、というだけではなく、心を見透かされた気がしたからだった。
・・・そう、私、堂々とケイちゃんと二人でいられる口実ができたことにとても安堵している。
そう思ったら、これまで封印していた気持ちが一気に湧き上がってきた。
家が近いから、昔から私とケイちゃんとキョウちゃんはつるんで遊ぶことが多かった。
高校時代も三人で遊園地行ったこともあるし、三人でクリスマス会したこともある。
特にケイちゃんとキョウちゃんは仲がよかったから、社会人になって二人で飲みに行ってるって聞いても始めはそっか、って思っただけだった。
でも・・・本当はキョウちゃんとケイちゃんが二人で飲みに行くと聞くたびに、笑っていたけれど胸が痛かった。
キョウちゃんのことがとてもうらやましくて、そして、そのまま二人がつきあうなんてことになったらどうしよう、って焦燥感にかられるようになった。
「圭輔」
最近キョウちゃんはケイちゃんのことをそう呼び捨てにするようになって、それがイヤだったけれど、ドロドロした気持ちは気づかれないようにした。
だから、今回ケイちゃんからバドミントンに誘ってもらって、二人きりになれる大義名分ができて、すごくうれしかったんだ・・・。
水曜日は隆臣も一緒になるみたいだけど、それでも土曜日に二人で行けることがうれしい。
ケイちゃんと一緒にバドミントンできることが、本当にうれしい。
そう思うと、また思考が始めに戻る。
・・・やっぱし、そんなに私はキョウちゃんを意識しているように見えるのかな。
そして、私がケイちゃんのことを好きだってことは、みんなにばれているのかな。
ケイちゃんにも、キョウちゃんにも?
でも、仲間のこの和を乱したくない・・・ケイちゃんも同じように思ってるのがわかる。
だから、私はこの気持ちは封印しておかなきゃいけないんだ。
昨夜また圭輔が聡美の部屋に泊まってくれたことを思い出すと胸がギュッと苦しくなり、聡美は思わず目を強く閉じた。
「え・・・どした、聡美?」
「え? あ・・・あれ? 私・・・あれ?」
突然章穂が慌てるのでふと気づくと、聡美は自分が涙を流していることに気づいた。
「ごめん! 何か・・・とにかく悪かった!」
「ちが・・・アキくん・・・。 ごめん、ちょっと色々思い出し・・・て・・・。」
涙を止めようとしたが、視界がぼやけて直らない。
「お願い・・・かっ・・・隠して、オミたちから!」
小声で謝る章穂と俯いて顔を隠そうとする聡美とで、混雑した車内だというのに二人でごそごそと角度を変えて身をよじる。
聡美は涙を拭くと、小さく深呼吸を繰り返した。
章穂は軽く聡美を抱きかかえるようにして圭輔たちに背を向けた。
「見られたかな・・・。 アキくん、ケイちゃんとオミには泣いたこと内緒ね。」
「わ・・・わかった。」
少ししてやっと涙を拭いて笑顔で章穂を見ると、章穂はわかりやすく動揺していてそれがおかしかった。
「聡美、ごめんな。」
「そんな顔しないで、私もごめんね。」
まだ青い顔の章穂に対して、聡美は笑顔で返した。
「・・・アキと何してた、さっき?」
聡美の家と圭輔の家は隣同士だがバス停から一番遠くにあるので、北嶋兄弟と手を振って別れると二人で家に向かう。
ずっと気にしていたのか、章穂の姿が見えなくなるとすぐ圭輔が聞いてきた。
「あ、隣の人に足踏まれてすっごく痛かったの。 涙出た。」
涙の跡が残っているのかどうかわからなかったが、触れられる前にそう言っておいた。
「そっか。」
圭輔は信じたのかどうかわからなかったが、不自然に会話を切った。
「オミからもらったケーキ分けよう、ウチ上がって。 母さんも待ってる。」
圭輔は右手に下げたケーキの箱を軽く振った。
「うん。」
聡美は黙って圭輔に着いて行った。
圭輔の両親と少し会話をして、2個だけケーキをもらって聡美は家に帰った。
「はあ・・・。」
ソファに身を投げると目を閉じる。
色んなことを考えているうちに、聡美は着替えることもしないでそのまま眠り込んでしまった。




