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章穂に少しからかわれた聡美が頬を赤くしているところへトイレに立った圭輔が帰ってきた。
「なに、聡美。 酔ってんのか赤い顔して、熱い?」
圭輔に痛いところを突かれて聡美が慌てる。
「酔ってないよ、たかがビール2杯とかで!」
「ってか、お前なに空けてんの! そんな喉渇いてたのかよ、平日にかっ飛ばすなあ。」
圭輔が聡美の隣に座りながら笑って空のジョッキを取り上げると自分もグイッと残りのビールを飲み干して近くの店員にお代わりを二つ注文した。
「まだ水曜だぞ、お前ら。 二人ともペース早いな。」
章穂はまだ半分ほどビールを残していて、さっき運ばれてきたキノコバターをつついていた。
聡美が自分の手の甲を頬に押し当てて火照った顔を冷まそうとする。
圭輔が話題をまたバドミントンに戻した。
「隆臣、しばらくやってなかったんじゃないの。」
高校を出て製菓学校へ行った隆臣は圭輔たちと違って高校卒業してからはバドミントンからは離れていた。
「まあ、年に1度2度はオレらの大学連中と体育館借りる時とかに着いて来て打ってたけどな。 あいつも基本的にはバド大好きだし。 ま、水曜しか出れないからさ、土曜はお前ら二人で仲よく練習行って。」
さらりと章穂が言うと圭輔もさらりと返した。
「そうだな、土曜はサトとお手手つないで仲よく行くわ。 お、水曜はオミに車出させたら帰りはオレら楽できるんじゃねえの? アキ、水曜はオミに車貸しといて。」
「やだよ、ただでさえしょっちゅうオレの乗り回してはガソリン空のまま放置してんだから、アイツ。」
章穂が眉をしかめたところで章穂の電話が鳴った。
「・・・噂をすれば。」
どうやら隆臣からの電話だったらしく、章穂が横を向いてしゃべり始めたところで圭輔が聡美を覗きこむ。
「なあ、まだ赤いぞ? 大丈夫?」
正面から覗きこまれて聡美が思わず息を飲むと圭輔がそっと聡美の頬に触れた。
「ほっぺた熱いな、酔っ払い。」
意外に圭輔の手はひんやりと冷たくて、聡美は思わず目を閉じる。
「ケイちゃんの手、冷たいね。 女の子みたい。」
「何がオンナだよ、こら!」
「わ、痛いって!」
圭輔がふざけて両手で聡美の頬をはさんできたので、聡美も体をよじりながら余計に頬が熱くなるのを感じた。
「・・・え、また? お前、いい加減にしろよ、今月だけで二回目だぞ、二回目! ・・・今、ケイとサトと飲んでるけど・・・バドの後で・・・ああ、あと少しいるけど、ほんっといい加減にしろ。 今日はお前のおごりな? ・・・はいはい、じゃ、走って来い。」
章穂が突然声を荒げながら苦笑しており、話の中身が読めた二人はじゃれ合うのをやめて章穂を見た。
「またカギ忘れたって、隆臣?」
聡美の頬から手をはずすとテーブルに肘をついて圭輔が笑う。
「何考えてんだ。 最近ひどいんだよ、忘れ物。 アイツ、ほんっと興味ないことにはとことん無頓着だから。」
章穂のセリフに聡美が大笑いする。
「成長してないねえ。 バドの試合でもしょっちゅう忘れ物してた。 いっぺん、ラケット忘れた話した? 試合にラケット忘れるヤツは初めてだ、って他校の先生にまで呆れられたよ。」
「あ、あったな、それ。 オミとサトが二年の時だろ!」
聡美のセリフに二人がどっと笑った。
「もう駅降りたらしい、すぐ来るわ。 ごめんな、合流させてやって。」
兄らしいセリフ回しに聡美が和んでほほ笑んだ。
「ちょうどいい、オミも入会するんなら一緒に申込みしよう、って聞いてみよ。」
圭輔がちょうど運ばれてきたジョッキを聡美に手渡しながら笑う。
そこへ隆臣が走って登場した。
「ケイくん、聡美、お疲れ! 兄ちゃん、ごめん、カギあったわ。 今日はカバンにカギ突っ込んだんだった。」
照れた笑いを浮かべながら座敷に上がってくる弟の姿に章穂がテーブルに突っ伏して圭輔と聡美が大笑いした。
「バカだろ、お前!」
「隆臣成長してないね、って笑ってたけど、退化しちゃってるね!」
「あ、ケイくんも聡美もヒドイなあ! ケーキあげないよ、今日はいいのもらってきたんだけどな?」
照れた顔の隆臣がケーキをちらつかせながら上がってくると、ポンッと聡美の頭を叩いて荷物をよけている兄の隣へ座った。
隆臣と聡美は同い年ということもあって文句なしに仲がいい。
高校時代も、何度も恋人同士と間違われたが、二人ともお互いに恋愛感情を抱いたことはない、と言い切れて、だからこそ深い友情でつながっていた。
「これ、オレのビール? 気がきくな、聡美。」
「私のだって・・・わっ、人の飲まないでよ、隆臣!」
隆臣が運ばれてきたばかりの聡美のビールをかすめ取ると、乾杯もせずに一気に半分ほど流し込んだ。
「・・・ほんっとに自由だな、お前は。 待て、聡美。 ビール頼んでやるから。」
聡美が憤慨している姿を見ながら圭輔が苦笑してビールを追加する。
隆臣は聡美に軽く舌を出してみせると、ジョッキを掲げた。
「じゃ、乾杯しようよ、お疲れっ!」
「だから、私のジョッキがないんだってば!」
聡美はいつもの隆臣のペースに苦笑しながら突っ込んで、それでも空のジョッキを掲げて、圭輔は隣でまた別の苦笑いを浮かべていた。




