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「あー、喉渇いた。」
最寄りの駅で降りた三人は、よく行く居酒屋で軽く飲んで帰ることにした。
通されたのは4人がけの半個室の座敷で、章穂が一番に入り奥に座ろうとすると圭輔は当然のように章穂の隣の席に自分の荷物を投げて置いた。
・・・普通は壁にもたれられるし、奥に二人座らないかな?
聡美は冷静にそう思ったが、章穂も当然のように自分の隣に荷物を山と積み上げている様子を見た。
「聡美、こっち。」
圭輔が聡美の荷物を取り上げて軽く左腕を掴んで聡美を壁側に座らせると、自分は一番末席に座った。
・・・こうやってケイちゃんが当然のように隣に座ってくれることがいちいち嬉しいなんて、私・・・。
聡美はぐっと下唇を噛むと、章穂から渡されたメニューに目を通した。
「お疲れ!」
「おつかれー!」
3つのジョッキが行儀の悪い音を立ててぶつかり、汗を流した後の三人は一気に半分ほどビールを飲み干した。
「ああ、また太る。」
章穂が小声で宙を見つめて呟くと圭輔が吹きだす。
「なにそのセリフ! 女子か!」
「うるさいな。 3か月前からバド再開して、調子に乗って練習の後飲んでばっかいたら最近スーツがキツイんだっつーの。」
真剣な顔の章穂に思わず聡美が吹きだした。
「軽く飲んで帰ろう、って、軽くじゃ終わらないもんねえ?」
「そうなんだよ・・・。」
自分の下腹を見つめながら唸る章穂の姿に圭輔も聡美も大笑いした。
「・・・さて、二人ともどうよ。 今日の方で決まり?」
枝豆を食べながら章穂が二人を交互に見るので、圭輔と聡美は顔を見合わせる。
「そうだな、オレは断然こっちの方が参加しやすいし、サトもだろ。 お前もたまに来るっていうし、世話役の人もメンバーもいい人みたいだし。」
「私もこっちなら続けられそうかな。 会社から近いし。」
章穂がニヤリと笑った。
「よし。 じゃ、オレからも連絡しとくから、ケイかサトも西田さんに連絡しといて。 ・・・よっしゃ、またケイとバドできるなんて楽しみ!」
ストレートなセリフに圭輔の顔が少し赤くなったような気がして聡美がちらりと見上げると圭輔に頭を叩かれた。
「なんだよ。」
「いたっ・・・。 ううん、私もまたケイちゃんやアキくんとバドできるから嬉しいな、って。」
聡美はそういうとジョッキを空けた。
「お前、開始10分足らずで空けるかよ。 どこが軽く、だ。」
圭輔が苦笑しながら店員を呼び止め、結局全員生中をお代わりした。
「それにしても恭子が妬きそうだねえ、お前ら二人がバドなんか始めちゃうと。」
章穂の突然の遠慮のないセリフに聡美はドキッとして顔を上げる。
圭輔も小さなため息をついた。
「あ、オレもちょっと思った。 オレら三人何かとつるむこと多いからな。 『二人でばっか遊んでずるい!』とか言われそうだな、サト?」
聡美も圭輔のストレートな物言いに苦笑いするが、どう答えようか迷って言葉が出なかった。
「その上、隆臣もやりたいって言い出してんだよね。 あいつ、水曜定休だからこれまでも検討はしてたんだけど、ケイとサトが入会しそうだって聞いたら俄然やる気で。」
隆臣も高校時代にバドミントンをしていて、同い年の聡美とは三年間隣のコートで練習した仲だった。
章穂のセリフに聡美が答える。
「休みの日に毎週練習ってのもなあ、とか言ってたのに?」
「そう。 でも、あいつもバド好きだからな。」
章穂が運ばれてきた唐揚げを一番にかすめ取る。
「隆臣もオレらの方に入会かよ。 アキの方は平日木曜練習だもんな。」
「そうなんだよ。 だから、もし入会したら可愛い弟のこと、よろしくな。」
章穂のセリフに二人が笑った。
圭輔がトイレに立ったので、自分と圭輔の前を少し片付けてふと顔を上げたら、ジョッキをもてあそんでいる章穂と目があった。
「ん? どうしたの、アキくん?」
目線を逸らさずじっと見つめられて聡美がたじろいでいると、ふっと小さく笑ったあとで章穂が言った。
「よかったな、サト。 これで堂々とケイと二人で疑似デートできるじゃねえの。」
突然の話題に、聡美は飲みかけのビールを詰まらせそうになる。
「なっ・・・アキくん、何言うの・・・。 なんで、練習だよ、デートって。」
聡美が圭輔のことを好きだということは、夏実がよくそう言ってからかうので薄々章穂にバレていると思っていたが、正面切ってそんな話題に触れられるのは初めてだった。
「いや、さっきごめんな、急に恭子のこと言って。 どうせサトのことだから、ケイと二人でいることが多くなってキョウに悪いな、とか思ってんだろう、と思ったら口から滑り出てた。 あんま、深い意味はないんだ、ごめん。」
章穂があっけらかんと笑う。
聡美は図星だったので、また言葉を失ってしまい黙ってビールを飲んだ。
黙りこんだ聡美の姿に章穂が苦笑すると、穏やかな声で話始める。
「・・・なあ、聡美。 ケイやオミとバドするってのにいちいち恭子のことは考えなくていいんだよ。 お前、恭子を気にし過ぎ。」
章穂がテーブル越しに軽く聡美を叩く。
「だって・・・キョウちゃんとはずっと仲良しだし・・・私がケイちゃんと二人で練習とか言うとキョウちゃんきっと気分よくないだろうし・・・。」
・・・あ、このセリフはなんだか卑怯な言い方してる。
そう思うと、章穂がまだ穏やかに続けた。
「ってことは、聡美は圭輔と恭子が二人で飲んだりしてるの、気分よくないってことなんだろ? じゃあ、ある意味おあいこじゃないか。 恭子見てみろよ、遠慮なんてしてるか? 気にしなくていいんだよ。」
章穂のセリフがまた図星だったので、聡美はハッと顔を上げた。
「おあいこって・・・。」
やだ、アキくん相手になに言ってんの、私?
聡美は突然我にかえって息を飲む。
穏やかな章穂に釣られ、気づかずについ自分の心の奥底をさらけ出した気分になり、途端に恥ずかしくなってまたビールを一気に流し込んだ。
その姿を見て章穂が分かりやすく慌てた。
「あ、こら、聡美! ・・・ごめん、ごめん、もう突っ込まないよ。 バド、楽しくやろうな。 オミが邪魔することはないから安心して。」
「なんの安心よ・・・。 オミが邪魔って・・・なに・・・。 アキくんの酔っぱらい!」
叫びながら聡美は自分の頬がカッと赤くなるのがわかり、俯いた。
それがビールのせいではないこともわかっていた。
「うん・・・とにかくごめん。 今の忘れて。 えーと、サト、ビールお代わりする? ・・・っつーか、飛ばしすぎじゃねえ?」
慌てて世話を焼いてくる章穂を見るとなんだかすべてが可笑しくなり、聡美は精一杯の笑顔を見せた。
章穂はそれでも少し苦笑いを浮かべて困ったような顔で聡美を見ていた。




