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部屋の空気が動く気配で聡美が目を覚ますと圭輔が静かに布団を畳んでいるところだった。
「ケイ・・・ちゃん?」
体を起こすことなく声だけかけると暗闇の中で圭輔の背中がびくっと動いた。
「わ、びっくりした・・・。 ごめん、起こした? まだ5時だから寝てろよ。オレ、そろそろ帰る。」
時間を聞いて聡美が起き上がる。
・・・たった5時間眠っただけとは思えないほどすっきりとしている。
圭輔は雨の夜に聡美の家に泊まったあと、いつも早朝にそっと家を出てそのあとは何もなかったかのように普通に聡美に接する。
「なんか・・・別にいいんだけど・・・。 オレがお前んとこで寝ちゃったの、ナイショな。」
最初に泊まっていった時に圭輔がそう言ったことも、聡美が二人の時間を自分だけの秘密にしておきたいことも、両方あいまって聡美も特に圭輔の来訪に触れることなく普通に過ごすようになっていた。
「昨日ここにいてくれたの・・・わ、敷布団敷いてないじゃない! ごめん、出しにくかった? 体痛かったでしょ・・・。」
ラグの上に横たわり掛布団だけかけていた様子を見て聡美が言葉に詰まると圭輔が笑った。
「面倒だったから横着しただけだよ。 眠れたか。」
圭輔が聡美の前で背を向けると遠慮なく上を脱いで服を着替える。
聡美はさすがに目を逸らせて答えた。
「眠れたよ、丸一日寝てた気分。 たったの5時間って知ってびっくりしてる。 きっと暗かったから・・・。」
そこまで言いかけて言葉をつぐんだが、圭輔は律儀にその言葉を拾った。
「暗かったって、お前、電気点けて寝てんのか。 だからかよ、覗くたびに電気点いてるから夜更かししてんな、と思ってたんだ。」
暗闇は不安を増長するから・・・。
母親の死以降どうしても暗いところで眠ることができず、いつも部屋の電気を点けたまま眠っていた。
やはり明るいところでの睡眠は熟睡を妨げ、ただでさえ一人で寂しい家の中で緊張しながら眠る聡美はいつも寝不足といった状況だった。
圭輔の部屋と聡美の部屋は道路を挟んで面している形なので、カーテンを開けると互いの部屋の窓が見えた。
たまに聡美も圭輔の部屋の明かりを確認したりするのだが、圭輔のセリフに少し顔を赤らめた。
「はは、子供みたいでしょ。 ・・・なんか、暗くしてると怖い夢ばっか見るから、最近点けてて・・・。 でも、ケイちゃん来てくれるといつも電気消してくれるでしょ。 ケイちゃんがいる、っていう安心感と、電気消えてる暗闇とで・・・雨の夜はキライだけど・・・雨の夜は一番熟睡できる。 っていうか、そんなとこチェックしなくていいよ!」
聡美は笑いながら言ったけれど、今度は圭輔が絶句した。
・・・癒えるはずないよな、大切な母親の死別の傷なんて・・・そんな簡単には。
背中を向けて片足ずつジーンズを履きながら圭輔もできるだけ明るく笑った。
「明るい中で熟睡なんてできるかよ。 ・・・ま、呼べば? オレでも恭子でも。 寝るまでいてやるから。 睡眠、大事だぞ。」
圭輔は聡美のベッドを横切ってカーテンをチラリとのぞいた。
「見事に上がった。 今日はアキの紹介してくれたもう一個のサークル行く日だけど、覚えてる? 6時半に待ち合わせな、改札。」
圭輔はもう話題を変えた。
「うん。 よく寝たからこの間以上に動けるからね、私。」
聡美もベッドに起き上がったまま笑った。
「9時に終わるらしいから、軽く食うか飲んで帰るか。 ふ・・・あ・・・っと、じゃ、帰るわ。 また後でな。 あ、寝てろ。」
あくびをしながら圭輔が掛布団を抱えて部屋を出て行こうとする。
「あ・・・ケイちゃん・・・・。 ありがとう、いつもごめん。」
いつもはそのまま笑って出て行く圭輔が、今日は足を止めた。
「・・・じゃあ、さ。 お前のベビーシッター代ってことで、オレのお願い聞いてよ。 今週の土曜、買い物つきあって。」
圭輔がちらりと視線を投げてくるので聡美がベッドの上で首を傾げた。
「買い物? 何買うの? ・・・っていうか、シッター代だなんて失礼だね!」
聡美の質問をさらりと流して圭輔がもう一度聞く。
「土曜日。 空いてるか?」
「うん、一日空いてる。 あ、お昼にパスタ食べたいな、明太子の。」
聡美もあえて突っ込むことなく笑った。
「おごれ、ってか、さすがだな、サトは。 じゃ、また決めよう。 まだ二時間寝れるから寝てろよ。 じゃあな、おやすみ。」
圭輔は静かに部屋を出て行った。
階下で玄関の閉まる音を聞いて、うっすらと明るくなった部屋の中で聡美は素直に目を閉じた。
・・・ケイちゃんがいると安心する・・・。
一人暮らしとはまた違った一人を毎日感じながら生活している聡美にとって、圭輔の来訪によって気持ちが落ち着き、崩れそうな気持を立て直しているところがあった。
一方で、好きな相手である圭輔が同じ部屋で寝ているという事実はいつも聡美の胸を苦しくするのだが、圭輔はさらりと帰って行く。
「恋人でもないのに・・・。」
恋人でもないのに泊まってもらうだなんて、やっぱりおかしいよね・・・ってか悪いよね。
甘えてちゃいけないのかな・・・。
「お母さん・・・。」
母親には前から圭輔が好きなことを伝えていた。
お母さん、私、雨の日大嫌いで・・・でも、雨の日が少しだけ待ち遠しい・・・ごめんね・・・。
聡美はギュッと目を強く閉じた。




