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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
城戸聡美の場合
23/308

-3-

「サトっ!」

すごい勢いで圭輔がリビングに飛び込んで来て、ソファで荒い息をしている聡美を抱き上げる。

「・・・ゆっくり息して・・・顔、真っ青! 気分悪いか?」

どこから傘をささずに来たというのか、圭輔の髪から雨のしずくが聡美の頬に落ちる。

その冷たさで聡美は意識がはっきりした。

聡美の瞳に光が戻ったのがわかったのか、圭輔がホッとした表情で聡美のことをそっと抱きしめてくれる。

過呼吸にでもなっていたのか、息苦しいはずの圭輔のハグが逆に功を奏して呼吸が整ってきた。

「ごめん、ケイちゃん・・・。」

大きく深呼吸したあとで小さな声で呟くと、やっと圭輔が体を離して顔を覗きこんできた。

「もっと早く来ればよかった、ごめんな。 仕事長引いて。」

頭を軽く撫でながら圭輔が心配そうに聡美に言った。

「・・・ここんとこ大丈夫だったのに・・・今日はあまりに似てて、お母さん死んだ日に。 久しぶりにパニクっちゃった、ごめんね。 もう大丈夫みたい。」

聡美のセリフに圭輔が露骨にぎょっとして頭を撫でていた手が止まったので、聡美が慌てて付け足す。

「ほら・・・その、最近はけっこう平気だったの。 ケイちゃん効果、かなり出てきてるんだ。 あの・・・ビール飲む?」

まだ少し頭がフラフラするけれど、強がってそう言って立ち上がろうとした聡美のことを圭輔は制した。

「青い顔して何がビールだ、バカが! ・・・あーもう、今日に限って天気予報気にしてなかったんだよ! 夜に雨降るってわかってたらお前に連絡したのに・・・サトも知ってたら今夜来い、って連絡して来いよ。」

最後は少し意地悪い顔をしてそう言うと、聡美が赤い顔で反論する。

「だって、本当に最近大丈夫だったから、ケイちゃんに来てもらわなくってもいいか、って思ったし・・・言えないよ、そんな・・・雨だから今夜来て、だなんて・・・。」

はしっこ軍団の中で一番年下のくせに一番甘えるのが下手な聡美のことを知っている圭輔は、聡美の素直な告白に笑った。

その頃にはやっと聡美の頬にも赤みがさしてきていた。

「カギ開けてたからまあ許す。 ・・・ところで、なあ、なんかメシないの。 もう家に戻る気しないからなんか食べさせて。」

圭輔の親は圭輔が雨の夜は聡美の家で朝までいることを知っているので、もう自宅に戻る気はないようだった。

「さっき作った鶏のトマト煮が少しある。 スープはフリーズドライのでいい? レタスとか、その程度ならあるよ。」

立ち上がろうとする聡美をもう一度制すると、圭輔は勝手にキッチンに入って鍋を勝手に開けて笑った。

「また鶏かよ、ほんとに鶏好きだね。 お、でもうまそうじゃねえの! 後で食べさせてもらおう、っと。」

そう言いながらリビングに戻った圭輔がテレビの音量を上げた。

・・・雷、まだ鳴ってるもんね・・・。

聡美はホッと息をつくとソファに身を投げた。

圭輔が隣にドカッと座ると軽く聡美の頬を撫でた。

「・・・顔色よくなった。 少し休んでろ。 お、歌番やってる。」

圭輔は何事もなかったかのように歌番組にチャンネルを合わせると自分もソファに身を投げてテレビをみつめた。


「・・・ケイちゃん、もう12時廻ったよ。 私大丈夫だから帰ったら?」

あのあと30分ほどしてから落ち着いた聡美が圭輔にご飯を用意してやり、その後交代で入浴を済ませDVDを一本観終わったところで聡美が聞く。

圭輔が帰るわけないことを知って、それでも必ずそう聞く。

いつものように聡美の父親の部屋着を借りた圭輔がリモコンを操作しながら笑った。

「んー、帰らないよ。 もう寝ない?」

パニック状態のひどかった最初の頃は朝まで聡美の部屋にいた圭輔だったが、ここのところは聡美が自室で眠るのを見届けて自分はリビング隣の和室でちゃっかり布団を敷いて寝ていた。

入浴して泊まるなど、幼なじみにしてはやり過ぎではないかとお互い思っていたが、それでも初期のパニックを起こした聡美を知っているだけに圭輔も聡美を一人残して帰る気にはならなかった。

「ん・・・私、もう一本観るからケイちゃん先寝てよ。 和室にケイちゃんいると思ったら平気。」

いつもはおとなしく自室に上がる聡美がそうごねる姿に圭輔が気づく。

・・・本当に今夜はあの夜に似ているから・・・最近落ち着いてたけど、まだしんどいんだ。

圭輔はリモコンでテレビを消すと立ち上がった。

「よーし、じゃ、部屋行こう。 お前が寝たら降りるから頼むから早く寝て。」

「大丈夫だって・・・わっ・・・。」

クッションを抱えて立とうとしない聡美を抱えて立たせると、二人は階段を上がった。

ケイちゃん、優しい・・・。

・・・こんなに優しいと、私は自分の都合のいいように解釈しちゃいそうだよ。

「痛いっ!」

部屋に入ると聡美をベッドに投げつけるようにして圭輔が笑った。

「ほら、早く入って。 ・・・うん、いい子。」

布団に聡美を強引に押し込むと、電気を消して圭輔は床にぺたんと座ってベッドにもたれた。

「ここにいるからな。」

・・・ケイちゃんがいてくれる・・・。

一人になってから熟睡する日が減った聡美は、圭輔がいる安心感であっという間に寝息を立て始めた。

圭輔はしばらくそのまま座っていたが、目が暗闇に慣れてくると本格的に寝始めた聡美の髪をそっと撫で、寝顔をじっとみつめてから和室に掛布団を取りに行った。

その日は久しぶりに圭輔は聡美の部屋で横になった。

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