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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
城戸聡美の場合
21/308

-1-

「あ、聡美、おはよう!」

「キョウちゃん、おはよう。 あれ、今日は遅いね?」

聡美がバス停でバスを待っていたら走ってきたらしい恭子に声をかけられた。

ここは始発なので、聡美の後ろに並んでいた二人を先に行かせ恭子の隣に並び直すと、恭子が大きな息をついた。

「昨日ね、月曜日だってのに職場の飲み会があってね。 飲みすぎて寝坊した。」

飲み会が好きだがすぐに眠たくなってしまう恭子が、顔の割に酒豪の聡美をジロリと見上げる。

「サトくらい強かったら、飲んだ次の日も苦じゃないんだろうけどね。」

出版社に勤務し地域のOL相手の情報誌を担当している恭子は、情報収集だの潜入調査だのの名目で会社の仲間と飲みに行くことが多かった。

「私、確かに飲むけどそれなりに朝はツライよ。」

聡美が笑うと、ゆっくりとバスが来た。

「あーあ。 今夜は天気崩れるみたいだし、なんだか最悪。 突風と雷に注意、とか言ってたし、憂鬱だよね。」

伸びをしながら呟く恭子のセリフに思わず聡美が肩を震わせたが、恭子には気づかれなかった。

「そうなんだ、今夜天気悪いの・・・。 天気予報見て来なかったな・・・。」

聡美はバスに乗り込む前に、今はまだ快晴ともいえる空を見上げた。

・・・そしたら、今夜もきっと・・・。

聡美は圭輔の顔を思い出して慌てて頭を振るようにしながら恭子の隣へ向かう。

一人っ子同士ということもあり、恭子と聡美は小さい頃から姉妹のように仲よく過ごしてきた。

・・・でも、今、私はキョウちゃんには言ってない秘密がある・・・。

バスに乗り込んで恭子の隣に座って昨夜の飲み会の話を聞きながら、聡美は小さくため息をついた。


聡美の母は10か月前に不幸な事故に巻き込まれて亡くなった。

友人と会った帰りにタクシーに乗車したのだが、運転手が突然意識を失いコントロールを失った車は民家の壁に激突して止まった。

なんとか車を止めようと後部座席から乗り出していた聡美の母親は衝撃で外に投げ出され、壁に投げつけられてほぼ即死だったと聞いた。

仕事場で事故の連絡を受け、人事部の女性の先輩に付き添われて病院に到着した時は激しい雨が降り、雷が鳴っていた。

いつもはバスに乗って帰る母がタクシーに乗ったのも、小雨が降ってきたからたまの贅沢だと笑っていたのだ、と一緒にいた友人が泣きながら教えてくれた。

朝笑って手を振った母が冷たくなって横たわっていたあの日を思い出すから・・・あの日から雨は苦手。

雷はもっと苦手・・・。


聡美は思い出したくないのについ続けて思い出してしまう。

葬儀が終わって10日ほど経った日に大雨が降った。

海外滞在の多い父親は前日に滞在していた海外の現場に帰っており、一人で家にいた聡美は急にフラッシュバックに襲われた。

母親の亡くなった日の色々なことが頭によみがえり、独りでいることが急に不安になって、ソファの上で小さくなって泣いていたらチャイムが鳴った・・・何度も何度も。

それでも体が動かずに震えて泣き続けていたら、カギの開く音がして圭輔が入って来たのだった。

「聡美! おい、大丈夫か? サト!」

・・・ああ、ケイちゃんはカギの隠し場所知ってたんだっけ・・・。

泣きながら顔を上げたら青い顔をして飛び込んできた圭輔が見えて、圭輔はそのまま聡美のことを抱きしめてくれた。

・・・私、ヒドイ顔してるのに、すごい声で泣いてるのに・・・みっともないな・・・。

どこかでぼんやりそう思ったけれど、聡美は圭輔が来てくれたことでホッとして、そこから先の記憶はほとんどない。

「落ち着いて、聡美! ・・・オレ、ここにいるから、な。 怖かったな一人で。 もう大丈夫だから落ち着いて・・・。」

『おばちゃんが亡くなった日もこんな雨だったな、って思ったら、急にお前のこと心配になってさ。』

結局そのまま圭輔の腕の中で寝てしまった聡美を抱きしめたまま圭輔も聡美の家で朝まで過ごし、目を覚ました聡美の顔を見てほっとした後、圭輔はそう言った。

その顔をみて、聡美はホッとしてまた少し泣いた。

腕がしびれた、と笑いながら聡美の頭をポンッと叩いて明け方家に戻って行った圭輔の笑顔は今でも忘れない。

ケイちゃんは小さい頃からいつも私のこと気にかけてくれるんだ。

・・・そう、まるで妹みたいに。


その日から、雨の度に圭輔がやってきて一緒に朝まで過ごす日が続いている。

二回目の雨の日に断ったのだが、自分が心配だと言って結局一緒にいてくれた圭輔に甘えて、圭輔がいる安心感でパニックを起こさずに夜を越せた。

「雨の日は必ず家の鍵を開けておくこと。」

それが圭輔が絶対守れと言った約束だった。

鍵を開け忘れたり、また怖くてソファで動けなかった時には圭輔は合鍵を使って入って来る。

少し落ち着いてからは、何をするでもなく二人でダラダラと過ごし聡美をベッドへ押し込んで聡美が寝るのを確認してから圭輔が眠りにつくのが続いた。

・・・恋人でもないのに、私、雨の日の度にケイちゃんと朝まで過ごしている・・・。

それでも、雨の度にやってきて何かと聡美の面倒を見てくれる圭輔との時間をもっと持ちたいと思ってしまう聡美は、恭子にこのことを言えないでいた。

・・・キョウちゃんもだけど・・・私もケイちゃんのこと、好きなんだもん。

キョウちゃんがケイちゃんと二人で飲んでるのと・・・雨の日にケイちゃんが家に来てくれることって・・・一緒だもん・・・。

そう、一緒だもん・・・。

恭子と別れて会社へ向かう途中で、聡美は誰にともなくずっと言い訳をし続けていた。

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