表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
天野亮一の場合
20/308

-18-

ほぼ空になったコーヒーのカップをじっと見つめて、亮一は今切ったばかりの陽菜との会話を思い出す。

一度大きく深呼吸すると、どっと後悔の念が沸いてきた。

・・・また、一歩遅かった。

この動かなかった自分に後悔する気持ちを、オレはあと何回繰り返したら気が済むっていうんだろう。

亮一は自分でも気づかないうちに頭を抱えてため息をついた。


「リョウくんは本当に慎重派ねえ。 コウちゃんは割と冒険家だっていうのに、兄弟でこんなに違うものなのねえ。」

親戚や知合いから、言葉は違っても小さい頃から何度も聞かされたセリフが耳に鮮やかに甦る。

慎重派・・・いや、違う、結局は小心者の臆病者、ってことだ。

小さい頃からそれなりになんでもこなす方だったからか、物心ついた頃にはもう失敗することが怖かった。

だから、なんでも入念に準備をして万事整ってからでないと動けない性格になっていた。

受験の時も、合格圏内お墨付きをもらっても、まだ不安で猛勉強した。

女性に対しても同じで、自分から動いたり告白することはこれまで皆無といっていいほどなかった。

相手からの好意に気づいても、フラれたらどうしようという気持ちの方が勝ってしまい、駆け引きの時間に必要以上に時間をかける。

それで相手が疲れてしまって交際に至らなかったこともあるし、別の人にさらわれてしまったこともある。

小さなことだと、クラスの係に立候補するときも手を挙げようとしたところで別の人に先を越されたり、思い起こせばいくらでも浮かんでくる。

それに対して、孝誠は確かに小さい頃から冒険家だった。

それが2歳年上の自分に対する猛烈な対抗心からきていることもわかっていたが、だからといって亮一も同じように対抗心を燃やすことはできなかった。

そこはもう性格なのだろう、とも思う。

さらに亮一は争うことも苦手で、物事が収まるなら自分が折れることを全く苦としない性格だった。

「亮一は優しいから。 でも、優しすぎて傷つきやすくて心配。 それに、我慢ばかりして自分を出せないところも心配なの。」

そんな母親のセリフを聞いたことまで思い出して、思わず苦笑する。


店を出したいと昔世話になったバーのマスターに相談した時のことも思い出した。

一度思い出し始めたら次々に浮かんでくる過去に思わず苦笑しながらコーヒーを飲み干した。

バーのマスター、高松義明たかまつよしあきは亮一を閉店近い自分の店のカウンターに座らせると、あまりメジャーでない「ホットバタードラム」という温かいカクテルを差し出した。

「久しぶりに作ったなあ、これ。」

自分にも同じものを作って軽く亮一のグラスにぶつけると、高松は目線を亮一に合わせて静かに笑った。

「亮一はね、経営者のセンスは持ってると思うんだよ。」

「え?」

高松の言葉に亮一はカクテルの香りを楽しんでいた顔を上げて驚く。

高松はその顔を見ておかしそうに笑った。

「自分では気づいてないな? 多分、無意識にそういうことができてるんだろうから経営する分には見込みがあると思う。」

そこまで言うと、高松が自分の作ったカクテルを口に含んだ。

「・・・まあ、つまりは自分がいかに楽するかを考えてる、ってとこだろうけど、常に効率を考えて動いてるとことかね。 食品の廃棄に関しても気をつけているみたいだけど、これはおうちでいい躾をしてもらったんだろうな。 客の好み・・・飲み物だけでなくてね、しゃべりたい人か静かに飲みたい人か、とかもすぐに覚えて的確に席に案内できるし、さりげない配慮も問題ない。 ただね・・・。」

高松はそこまで言うとあからさまに言葉を切って苦笑いを浮かべた。

「え、なに? なんか聞くの怖い。」

亮一がホットラムのグラスを両手でつかんだまま固まると、高松が目線を外して立ち上がって笑った。

いつも穏やかな高松が真剣な目をして亮一をみつめた。

「・・・バーを経営するってことはその店のどんな些細な事象に関しても全責任をお前が負うってことだよ、この意味はわかる?」

元教師の高松の言葉は、学生時代に教室で指名されたことを思い出させて思わず背筋が伸びる。

「うん・・・わかる。」

肯定しながらも自信のない返事はすぐに高松に見抜かれて、高松は吹き出した。

「なんだ、その情けない返事は!」

「だって・・・。」

亮一の視線が泳ぎ始めたのを楽しそうに見ると、高松は続けた。

「責任を負うってのは、自分を押し通す強さも必要ってことだよ。 酒を提供する店をやろうっていうんだ、きれいごとばっかじゃすまない。 酔客も来るだろうし、迷惑な客も来るだろうし、下手すれば警察沙汰も考えられる。 お前は、そういうときに毅然として対処できる? もめ事は避けて通れない職業だよ、ここは。」

亮一の視線がカウンターに落ちた。

つい最近も、隣り合った客が口論になり、マスターの高松は他の客の前ではあったがかなり厳しい口調で二人を諌め、退店させていた。

普段は穏やかな高松があんなに厳しい口調で客に対して接するのか、と亮一がびくびくしてしまったことを思い出す。

二人を外へ連れ出してしばらくして戻った高松は残っていた客へ不愉快にしてしまった詫びに、と、常連にしか出さない珍しいつまみを配って周った。

高松はそのことを引き合いに出す。

「オレ、この間ケンカした客のこと追い出しただろ? あれ、お前もちゃんとできる? 酔った客だよ、殴られるかもしれないし下手に扱うと店の雰囲気ぶち壊し。 でも、お客様のこと第一に考えて、雰囲気を壊す人にはちゃんと対応して、終わったら他のお客様にも気遣える? 『なんであんな客入れてんのよ』って言われた時に、追い出した客のことを悪く言うことなく上手に回答できる? 『ごめん、オレが悪いんだ』、の一言では解決しないことっていっぱいあるんだぞ。」

具体的な例を出しての説明は直に心に突き刺さり、亮一の視線はますます下を向いてしまった。

高松はまたホットラムを口に含むとくしゃっと亮一の頭をたたいた。

「陽菜ちゃんも一緒にやろうっていうならなおさらだよ。 ・・・強くなれ、亮一。 折れるな、ふんばれ!」

また高松が視線を亮一とあわせて一瞬真剣な顔で亮一を見つめて、それからふっと笑った。

「強くなれ。 亮一なら大丈夫、無理なヤツにはこんなこと言わないから。 店を守るのも陽菜ちゃんを守るのも、お前にしかできない。 自分を強く持て、な?」

「・・・はい。」

やっと視線を高松に合わせると、やっと高松が穏やかに笑った。

「全力で応援するから。 ・・・店の場所もかぶらないからな、似たような場所でやりたいっつったら全力で阻止するけど。」

「なんだよ、それ!」

亮一はそういいながら高松に感謝をした。

・・・強くなれ。

きっとオレに一番必要な言葉だ。

今でもその時の高松の真剣な顔は忘れない。


亮一はぐっと両手に力を入れて握りしめるとポケットの中の車のキーをじゃらりと鳴らしてから陽菜を迎えに行くため立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ