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「・・・じゃ、昼用が60、夜用が80個でいいの?」
食事を終えた亮一と隆臣が、書類をテーブルに広げて亮一のカフェバーの一周年記念パーティ時にお客さんに配るお菓子の話をしていた。
「まあ、それでもかなり余ると思うんだけどな。 足りないよりはいいし、クッキーとかだから日持ちするし、余ったらオレや母さんの胃袋へ。」
亮一のセリフに隆臣が笑った。
「夜にペッパークッキー配るとは、なかなか考えたね。 美味しい、あのクッキー? けっこう固定客ついてきたんだ。」
昼にはここ、「パティスリー・ナガセ」の看板商品の一つであるシンプルなバタークッキーとレモンクッキーの詰合せ、夜にはペッパーチーズクッキーを配ることで決定した。
「あのペッパーチーズ、オレがめちゃくちゃ気に入ったんだよ。 酒のあてにもなるし、今後も適当にいくつか仕入れて常連さんにサービスしようかと思ってる。 定期的に仕入れるとしたら少しは割引とかもらえんの? 売るとなると、きっとなんか許可とかいるんだろ、調べてないけど。」
亮一のセリフに隆臣が少し赤い顔で告白する。
「・・・実は、さ・・・。 あれ、オレが長瀬さんに作って食べてもらって、そんで商品になったんだよ。 オレも他店の食べて美味しかったから色々調べてちょっとアレンジして、で、長瀬さんにちょっと毛色の違うクッキーってことで置いてみてください、って。 初めてオレの意見が採用されたクッキーをリョウくんも気に入ってくれて、めっちゃうれしい。 お客さんに配るんだったら割引で売れると思うし、オレが帰りに寄って納品できるよ。」
隆臣がはにかんで笑った。
「え、マジで? 隆臣がプロモーションした商品かよ、お前も頑張ってんなあ。 じゃ、もっと発注増やすか?」
亮一が感心して声を上げると隆臣が照れたように頭を振った。
「いや、もう十分だよ!」
「今回はお前が全部担当するんだぞ、隆臣。」
突然背後から声が降ってきて、亮一と隆臣が驚いて顔を上げると、コックコートを着たままの長瀬が笑って立っていた。
「・・・あ、どうぞ座ったままで。 隆臣も今は休憩だから座ってなさい。 ・・・天野さん、このたびは当店の焼き菓子をギブアウェイに採用くださってありがとうございます。」
慌てて立ち上がろうとした二人を長瀬が制すると、そのままおどけた仕草でお辞儀をしたので、亮一も頭を下げた。
「こちらこそ、お忙しい中お受けいただいて。 長瀬さんとこのスイーツは以前から好きでしたし、隆臣も頑張っていることだし、私もこちらで受けていただけてありがたく思っています。」
長瀬は亮一に笑いかけると、今度は隆臣を見た。
「隆臣も、出来不出来は別にして当店の焼き菓子はすべて作れるようになりましたし、最近はケーキも焼いてるようでね。 今回の天野さんのギブアウェイは、隆臣が責任者で焼かせようと思ってますので楽しみにしてください。」
亮一が隆臣を見ると、チクリとイヤミを言われたにも関わらず頬を紅潮させて長瀬のことを見上げていた。
「いいんですか、長瀬さん? うわ、オレ、めっちゃ頑張って焼くよ、リョウくん!」
「いや、お前が張り切るとよく焦がすんだからな。 気をつけろよ。」
「ひどっ・・・いや、ひどくない! リョウくん、そうなんだよ! オレ、張り切るとテンションあがり過ぎて、タイマーかけててもよく焦がすんだよね。」
「焦げたのは買い取らないからな!」
「えー、見逃してよ!」
目を輝かせて決意を語る隆臣と穏やかに見下ろす長瀬の姿を見て、亮一は遠慮なく笑い、温かい気持ちで店を出た。
少し服を見たあと、ファーストフードの駐車場に車を停めて、ワンコインのコーヒーを頼むとしばらくスマホをいじった後で陽菜に電話をかけてみた。
ワンコールで陽菜が出た。
「陽菜? 何してた? 今日は何時頃行こうか。」
「亮一? ああ、今お母さんと買い物来てて。 これ買ったら戻るからそれ以降でお願いしていい?」
これって何だよ!
亮一が思わず吹きだしそうになると、一瞬陽菜が黙ったあと、小声で言った。
「あのね・・・お父さんがね・・・今度、亮一と会うって。 あのね、昨日、色々あったの。 あ、心配しないでね、修羅場とかじゃなくて、でも、色々あったの。 また聞いてくれるかな、帰ってから。」
何だって?
亮一が思わず息を飲んだ。
・・・逃げないで陽菜のお父さんと対峙すると決めたのは昨夜のことだけれど、いきなりこのような展開になるとは思っていなかった。
あまりに意外なセリフに今度は亮一が黙り込むと、陽菜が心配そうに名を呼ぶ。
「・・・亮一?」
「ああ、ごめん、驚いて・・・。 もちろん・・・。 聞くよ。 今日じゃなくて、今度、かな?」
亮一の様子を想像したのか、陽菜が小さく笑った。
「うん、来週とかでもいいけど、今日は無理って。 心の準備が。 ・・・待たせてごめんね、亮一。 ・・・会ってもらえる?」
亮一は深呼吸すると、昨夜の圭輔との会話をふと思い出した。
・・・ケイ、兄ちゃん頑張るぞ!
「もちろん。 また後で話そうか。 そしたら、オレも今コーヒー飲んでるから、ちょっとしたらそっち向かうから。 隆臣のところでケーキ買ったから、お母さんたちに渡してから帰ろうな。」
「うん。」
電話を切った亮一はそのまま固まってスマホの画面を眺めた。
・・・何がどう動いたのかわからないけれど、やっとお父さんと話ができる。
もう一度、陽菜を店に引っ張ったことと、一緒に住んでいることと、そして、今後もずっと一緒にいること、認めてもらう。
亮一は握り拳を作るとパッと離して自分の手をみつめた。
・・・陽菜のことは、オレがこの手でつかんで、そして、離さない。
コーヒーを一口含むと、亮一は小さく笑った。