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翌朝亮一が目覚めるともう11時を回っていた。
キッチンに降りると、家事を済ませた母親がコーヒーを入れてクッキーをつまんでいた。
「やっと起きたね、亮一。 あんた、圭輔のこと夜中まで実験台にしてたって? あの子、フラフラしながら仕事行ったよ、時間考えてやりなさいね。」
そう言いながら子供たちの自由にさせてくれる母親には小さい頃から感謝している。
「曜日感覚がなくってさ。 二日酔いだった、ケイ? 月曜から二日酔いはキツいわなあ。」
「あなたが飲ませたんでしょ、もう!」
母親はケラケラと笑った。
「もうお昼だけど、何食べる? 私たちはお味噌汁と鮭で朝したんだけど。」
亮一は時計を見ながら頭をかいた。
「昼過ぎから隆臣の店で一周年記念の時に配るお菓子の打ち合わせするんだよ。 だから、軽くそれ食べてから、もう出るわ。 来月の一周年、昼でも夜でも来てよね、父さんも。」
カレンダーをめくりながら亮一が言うと、開店記念の日には二重丸が描きこまれていた。
「母さんたち、裏方に回ってお皿とか洗ってあげるから、ちゃんとお客さんに挨拶して回りなさいよ。 オミくんのとこのクッキーでも配るの? いいんじゃない、来てもらったお礼にね? ラッピングなら手伝えるよ、母さん得意だから。」
学生時代から中元歳暮バイトで鍛えたというラッピングの腕は確かに立派で、恭子などは商品とラッピング材料をぶら下げてよく亮一の母親にラッピングを頼みにきていたことを思い出す。
「まあ、ラッピングまで店でしてくれるみたいだから。 2時前には出るけど、買い物とかあったら車出すけど?」
母親が鍋に火を入れながら振り返った。
「お父さんと昨日お買いものしたから大丈夫よ。 それより、今度帰ってくる時はガレージ空いてるか先に確認してね。」
母親のセリフが今一つ理解できない亮一が首を傾げると、母親が気まずい表情を見せた。
「あ、まだ言っちゃいけないってケイに・・・。 リョウ、今の忘れて!」
母親のセリフからピンときた。
「え、圭輔、車買うのかよ! なんだ、一言もそんなこと。 いつ納車?」
母が諦めたかのように笑った。
「亮一のお店がみんなのたまり場だから、リョウには絶対言うなって言われてたのに! なんだか、ナイショなんだって。 納車は今度の週末よ、土曜だったかな。 ねえ、ケイには内緒にしといてね、私がばらしちゃったこと! 怒られちゃう。」
亮一が笑った。
「はいはい。 そうか、アイツも車ねえ・・・。」
誰を一番に乗せたいんだかな。
そう思った時に、仲間たちにナイショにしていて欲しいという圭輔の意図がわかったような気がして思わず微笑んだ。
・・・みんなにバレたら、聡美を一番に乗せることはまず無理だろうからな。
「勝手に乗ってやろ。」
「必死でお金貯めて買ったんだから、いじめないのよ!」
母親が、まるでお小遣いをためておもちゃを買うかのように言ったので亮一は大声で笑った。
結局1時半ごろ実家を出て、4つ隣の駅前にある隆臣の働くケーキ屋へ行った。
カフェも併設しており、パスタやサンドウィッチが食べられるので、好物のカルボナーラをオーダーした。
半分ほど食べたところで、コックコートを脱いだ隆臣が中から出てきて向かいに座った。
「リョウくん、お待たせ! オレも休憩なんだよ。 打ち合わせだから堂々と表で食べちゃう! あ、後藤さん、オレもカルボナーラちょうだい。」
ホール担当の女性にオーダーすると、隆臣が椅子に体を投げながら店を見渡す。
「この列さ、一つテーブル減らしたんだ。 その分隣との間が少し開いて、過ごしやすくなったって評判。 やっぱ、実際ここで食べないとわからないこともあるよね。 長瀬さんが変装して客として座ってみて気づいたんだって!」
ここではオーナーシェフである長瀬紘の意向で、従業員同士は役職ではなく名字か名前で呼び合っていた。
長瀬も全員から「ながせさん」と呼ばれているが、もうすぐ50歳になる長瀬がウィッグまで被って潜入したと聞いて吹きだした。
「長瀬さんらしいなあ。 まあ、確かに今日来てなんか広くなった気がしたんだよね。 間空けたのかあ。」
亮一が遠慮なくパスタを口に運ぶと、隆臣が水を飲んで続けた。
「一応、コウちゃんに相談乗ってもらったらしいよ。 オレが紹介したんだ。」
いきなり孝誠の名前を聞いてびっくりしてパスタにむせそうになる。
「・・・大丈夫?」
「あ・・・ああ。 孝誠まで長瀬さんのお世話になってんのかよ。」
建築士で内装も手掛ける孝誠は、父親と同じ会社で働いているが最近よく指名がかかると言っていた。
・・・孝誠も地味にがんばってんな。
そして、こいつも。
亮一と話をしながらホールの様子を見たり、客の様子を見たりする年下の幼なじみの隆臣が少し頼もしく見えた。