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「・・・リョウ兄、もう今夜はこれ最後にギブでいい?」
5杯目のカクテルを圭輔に渡したところで圭輔が大げさに両手を上げた。
「・・・なんだよ、まだ5つ目だってのに。」
亮一がシェイカーを振りながら不満そうに呟くと圭輔がカッと目を見開いた。
「サトがいる時もビールや焼酎飲んだ、っての! ・・・明日起きられるかな・・・。 オレ、会社なんだけど。」
そうは言いつつ、真剣に味見をしてくれる圭輔は貴重なアドバイザーだった。
「う・・・二杯目の濃いヤツが結構きてる・・・。」
普段あまり酔った姿を見せない圭輔だが、自宅の気楽さからか今夜は遠慮なく酔っているらしく、頭を軽く振りながらも亮一の手に収まったシェイカーを見ている。
クラッカーにクリームチーズとカンヅメの洋ナシを載せたものと、同じくクラッカーに大葉で巻いたオイルサーディンを載せた2種類の新メニューも残り少なくなってきている。
「二杯目? ああ、ラムとウィスキーベースのな? 濃くて満足だろう?」
「キツすぎるわ!」
圭輔はそう言いながら、シェイカーからオレンジ色の液体がきれいにショートグラスに収まるのを見ると、グラスを手に取って亮一を見た。
「・・・またラム?」
「そう、今日は全部ラムベース。」
香を楽しんだあとの圭輔がちらりと亮一を見て、亮一が笑って答えた。
圭輔がラム酒にはまったのは亮一の影響だった。
きっかけは些細なことで、大学時代に高熱を出して倒れていた圭輔に亮一がホットココアを入れてくれた。
その頃はまだSEとして休みのない生活をしていたので、三日ぶりに自宅に戻った亮一の方がまるで病人のような様子だったが、母親から圭輔の病気のことを聞くとキッチンでことことと丁寧にココアを入れてくれた。
甘めのココアの中にブランデーではなくかなりの量のラムを垂らしていたのだが、ココアとラムが混じって濃密な香りを放ち、飲むとココアだけで飲むよりずっとコクのある味がした。
圭輔はその時アイスクリームの「ラムレーズン」以外で初めてラムという酒を意識したのだった。
たまたまその時使ったのが「レモンハート」で、圭輔は今でもレモンハートが一番のお気に入りだった。
・・・あの時の無精ひげ生やして目の下にクマ作ったリョウ兄の顔、今でも覚えている。
年齢が離れているので一緒に遊んだ思い出は少ないけれど、何かと面倒を見てくれた亮一の顔を見てなんだか懐かしい思いがした。
「・・・あの時のココア出したら? メニューに載せたらいいのに。 ラムココア。」
圭輔はカクテルに口をつける前にふと手を止めて亮一を見ると、一瞬亮一が黙って、そして笑った。
「ああ、まだ覚えてたか、あんな昔の話。 なに、そんな美味しかった?」
圭輔も笑う。
「うん。 あの後真似してみたけど、どっちかの味が勝ってうまくいかない。 また今度作ってよ。」
そう言うとカクテルを口にした。
「わ、キツイ・・・オレンジジュースじゃないよね、さっぱりしてるけど甘くて飲みやすい。 なに、これ?」
「いよかんジュース。 ちょっとシロップ足して。 どうよ、女性にウケそうかよ?」
亮一が手を伸ばしてカクテルを自分でも確かめる。
「けっこう度数高くない? この甘さでキツイのってヤバいんじゃないの?」
圭輔が斜めに亮一を見上げると、亮一も圭輔を斜めに見下ろした。
「酔わせたい時に頼めばいいんだ、オレは気弱な男性の味方。」
「いや、それヤバいだろ!」
圭輔のセリフに亮一が吹きだした。
「今日の一番は、モヒートにパイナップル足したやつかな。 最初のもいける。 つまみは両方出してもいいんじゃないの、両方カンヅメとかクリームチーズだから困らないでしょ?」
5種類のカクテルを堪能した後、眠たそうな顔でそれでも圭輔が亮一に言う。
もう1時を過ぎていた。
「パインモヒートはどこかでも出してるみたいだけどな。 美味しかったよな、オレも好き。 なあ、最初のカシスのカクテル、なんか名前つけてよ。」
ラムとカシスベースのカクテルのことを指したのだが、亮一の無茶ブリに意外に圭輔は即答した。
「セ・ミニョン。」
「へ?」
「・・・フラ語で、かわいい、って意味。」
自分で言っておいて圭輔が赤くなる。
・・・つまりは、サトが可愛いってか!
亮一は圭輔をみて、頷いた。
「よし、決まり。 なんなら、ぺっぴんさん、とか言う名前にするか?」
「なにそれ! 台無しだろ!」
圭輔が吹きだして叫んだ。
圭輔が軽くシャワーを浴びて部屋に戻ってきた気配に、自室にいた亮一が時計をみると2時近かった。
明日会社かよ・・・すっかり曜日感覚が狂ってる。
・・・陽菜は今日はどういう一日を過ごしたかな。
明日、お父さんに会えないかな・・・。
亮一は目を閉じるとあっという間に眠りに落ちた。