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車の中でも圭輔と聡美はまだ賑やかに言い合っている。
「お前、動けんの? 章穂に連れて行ってもらうんだから、章穂の顔潰すような無様な真似すんなよ?」
「それ、そっくりケイちゃんに返す! 私、お盆の頃に同期で集まった、って言ったでしょ。 ケイちゃんこそアキレス腱切ったりとか、やめてよね?」
「あ、バカにしたな、お前! お前らの同期っつっても、花井くんや悠里ちゃんたちだろ、お遊びだろ?」
「あ、また花井をバカにした! 花井ね、地元の試合で優勝したんだから!」
章穂、圭輔、隆臣、聡美は高校からバドミントンをしていた。
特に圭輔と聡美は大学は違っていたのだか、二人の大学を含む 四大学で連盟を組んで盛んに交流をしていたので、互いのサークルのメンバーも熟知していた。
ひとしきりじゃれ終わった様子を見て、亮一が聡美に声をかける。
「聡美、おじさんは?」
「え? ああ、お父さんは今マレーシア。」
プラントエンジニアリングを手がける聡美の父親は、昔から長期で海外に駐在することが多かった。
聡美の母親は不幸な事故に巻き込まれ、一年ほど前に亡くなっている。
・・・オレのバーのオープニングには来てくれたのにな。
亮一はルームミラーに映る聡美の表情をチラリと見て、そして少し心配顔で横目で聡美を見る弟の顔を見た。
「今夜独りかよ。 じゃあ、母さんに言っておくから晩食べに来いよ。 なあ、圭輔? どうせ一緒に帰って来るんだろ?」
亮一のフリに分かりやすく圭輔が食いつき、分かりやすく聡美が遠慮を見せた。
「ああ、そうしよう。 決まりな?」
「待って、ケイちゃんもリョウくんも! おばちゃん、リョウくん帰ってくるから家族団らん楽しみにしてるって。 水入らずで・・・。」
聡美のセリフを笑いながら亮一が遮る。
「オレ、しょっちゅう帰ってるから珍しくもないよ。 おいで。」
「多分リョウ兄の好きな豚のしょうが焼きとポテトサラダだけどな。」
「ケイ、ちゃんと連れて来いよ。」
兄弟の攻撃に、聡美が吹き出した。
「ありがとうね。」
亮一は満足そうな圭輔の笑顔を確認して左にウインカーを出した。
「おばちゃん、おじちゃん、ごちそうさまでした!」
予想通りのしょうが焼きとポテトサラダの夕食をビールを飲みながら賑やかに終え、男性がしつこく焼酎を飲むなか聡美と母親が片付けを終えて一段落すると、聡美が挨拶をした。
「聡美ちゃん、また食べに来てね。」
「サトちゃん、またおいで!」
聡美が両親に頭を下げると、亮一を見た。
「リョウくん、送ってくれてありがとうね。 また飲みに行く!」
「おう、待ってるよ。」
亮一がソファから手を振ると、圭輔がスマホを後ろポケットに突っ込んでカギを手にした。
「ケイ、出かけんの?」
亮一が聞くと、途端に圭輔が少し顔を赤らめた。
「ん? ああ、サト送ってくる。」
送るって、サトんち目の前だろ!
・・・というツッコミは辛うじて飲み込んだ。
「はい、行ってらっしゃい。」
「もう、ケイちゃんいいのに。 わっ・・・お、お邪魔しました!」
圭輔に背中を押されて強引に玄関へ向かわされ、そのまま聡美達が玄関を出たのを確認すると、母親が笑った。
「もう、お兄ちゃん、つっこんじやダメよ! あれでも圭輔はさりげなくしてるつもりなんだから!」
本当におかしいようで、いつまでも笑っている。
「だって、目の前じゃん。 10歩もないだろ、送る、って!」
亮一が素直に呟くと今度は父親が亮一を見る。
「きっと小一時間戻らないぞ。 立ち話してる時もあるし、上がりこんでコーヒー飲んで来るときもあるし。」
どうやらたまに天野家で夕食を共にした後に、たかが向かいの家に帰るだけの聡美を圭輔が送って行くのはすっかり定番となっているようだった。
「って言うか・・・あいつら付き合ってんの?」
亮一が父親と自分に焼酎を継ぎ足しながら呟くと、母親が首を傾げる。
「そう、母さんも気になってんの。 でもね、聞くと怒るからあまり突っ込めないのよ。 でも、恭子ちゃんもよく遊びに来るし。 相変わらず時々朝からカギ開けてケイの部屋に突撃したりしてるしねえ。」
「え、まだカギはポストん中に入れてんのかよ、危ないって!」
昔から恭子は天野家の合鍵を使って勝手に家に入ってくることがあったが、それがまだ続いているらしい。
三人はやはりまだ微妙なバランスを保ちながら幼なじみを続けているようだった。
「ケイはサトちゃんが好きなのかなあ。」
誰に言うでもなく、母親がシンクを磨きながら呟いた。