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陽菜のマンションの前に車を停めて、亮一はずっとエントランスを睨んでいたら、荷物を抱えて陽菜と母親が降りてきた。
慌てて運転席から飛び出ると、泣いた様子の陽菜が照れた笑いを浮かべた。
「お母さん、あの・・・。」
亮一が母を見ると、母親もニコッと笑った。
「この子をお願いね、亮一さん。 お料理はそこそこできるから、力を合わせてがんばって。 仲よくね。」
言葉少なに母が頭を下げると、亮一はもっと深く頭を下げた。
「すみません・・・まだ不甲斐ないオレで、すみません・・・。 お父さんにはわかっていただけるまで・・・会っていただけるまで、なんどもあきらめません。 開業が決して甘い話でないことは百も承知です。 陽菜さんを巻き込んだこと・・・本当にすみません・・・。 でも、真面目にがんばります。 軌道に乗せてみせます・・・。 月に一度は必ず泊まりで帰らせるように・・・オレ、送迎ちゃんとします。 だから・・・安心してください、陽菜さんのことを一番に考えてます、大切にします!」
頭を下げたままの亮一が母親にそう宣言した。
陽菜は隣で荷物を抱えたまま、涙が止まらなかった。
「その言葉、お父さんに伝えるから。 大丈夫、お父さんは陽菜のこと、大好きなんだからね。」
「おかあさあん・・・!」
陽菜が荷物ごと母に抱きついて、母が困った顔で笑った。
「ま、大きな赤ちゃんみたい。 亮一さん、子守までしなきゃなんないの、大変ね!」
母がおどけた顔を見せ、三人で笑った。
挨拶をして、車を発車させると、バックミラーに深々と頭を下げる母の姿が写った。
どんどん小さくなるその姿は、消えるまでずっと頭が上がることはなかった。
その姿をみた陽菜はまた涙を流し、亮一も胸が痛んだ。
・・・お父さんに会ってもらえるまで、何度でも来る。
陽菜のこと大切にする、仕事もがんばる!
自宅についた亮一は陽菜の手を引いて部屋に入ると、まっすぐにベッドへ向かった。
そこへ陽菜を座らせると自分は床に座って、陽菜の手を握った。
「来月オープンするけど・・・色々つまづくこともあるだろうけど、一緒に頑張ってほしい。 お父さんにきちんと話をつけられなくて、ごめん。 オレがもっとしっかりして、店も軌道に乗せて、絶対わかってもらうから。 陽菜、これからもずっとオレと一緒にいて。」
プロポーズにも似たその言葉はまっすぐに陽菜に届いた。
「うん・・・うん・・・。」
頷くしかできない陽菜の涙をそっとぬぐうと、二人はベッドに倒れ込んだ。
・・・って、一年経ってもまだお父さんと会えてないし。
亮一はお茶を飲みながらため息をつく。
バーのオープニングセレモニーには、母は来てくれたが父は顔を見せなかった。
亮一の両親はバーの開業に賛成していたし、陽菜もしょっちゅう家に呼んでもらっていたので、陽菜は亮一の両親に申し訳ない思いを感じながら、母親を引き合わせた。
すると、亮一の父が深く頭を下げた。
「お父さんが反対するお気持ちは当然のことと思っています。 誰が好き好んで不安定な生活に大事な娘を送り出すことか。 お父さんのお怒りは、陽菜さんがいかにお父さんに大切にされているかの証だと思っています。 ただ、うちの息子は思いつきでこのような店を始めたわけではないと思っています。 きっと、色々考えて軌道に乗せてくることと思いますので、お母さん、大事な娘さんの人生をこのお店にかけていただくことになりますが、見守ってやってください。」
「そんな、お父さん、もったいないお言葉を・・・。 主人も本当は応援したいんです。 でも、一人娘が可愛くて・・・表現が下手な人で。 今日もすみません、でも、私は亮一さんを信じていますから。 こちらの近くでお世話になりますので、ご負担かけることもあると思いますが、陽菜をよろしくお願いします。」
陽菜の母も頭を下げた。
亮一も陽菜も感極まって一緒に頭を下げた。
友人たちでにぎわう中、バーの片隅でまるで結婚式の顔合わせのように、二つの家族が一つになった瞬間だった。
・・・一周年記念、お父さんにどうにか来てもらえないかな。
亮一はもう一度DMを眺めて、そっとため息を吐いた。