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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
天野亮一の場合
12/308

-10-

3か月の引継ぎ期間を終え、亮一と陽菜は仲間に惜しまれながら円満退職をした。

入れ替わりの激しい業界でメンバーの退職は珍しくなかったが、この二人が同時に抜けることは業務面でもプライベート面でもとても残念がられた。


会社を辞めてからは焦らず堅実に準備を進めた。

コンサルタントの芦部はバイトをしていたバーのマスター、高松からの紹介だったが、とても親身になって丁寧に準備を進めてくれた。

全くの素人の亮一や陽菜に対して、基礎から面倒がらずに何度もわかるまで説明し、セミナーや資格の取得を斡旋してくれた。

物件はたまたま駅裏の雑居ビルの1階が貸し出されていたので、地の利も悪くないと思って、芦部と相談してそこにした。

家賃は18万円で、毎月必ず出て行く出費が初めて明らかになったことで身の引き締まる思いがした。


資格取得や準備と同時に進めたのが、陽菜の両親との関係だった。

大手IT企業を辞めて亮一と一緒に飲食業を始めたい、という陽菜の意見は、母親には賛同されたが父親には大反対された。

しかも父親は陽菜と亮一の働いていたこの企業に入りたくても入れなかった、と、後になって二人そろって母親に聞かされた。

それが理由ではないだろうが、陽菜の父は普段は普通だったけれどバーの話を持ち出した途端に怒りだし、話をするどころではなくなった。

「私もいいトシの大人だよ! なにも悪いことしてない、いっぱい考えて、今の生活よりずっと楽しくなると思って決めたことなのに、どうしてお父さんは反対するの!」

また自室に帰ろうとした父に、陽菜は思わず泣きながらそう言うと、背中を向けたまま父が低い声で言った。

「毎月ちゃんと稼げるかわからない・・・水商売っていうのは不安定なんだ! 大事な一人娘が苦労するかもしれないと知って、なんでもろ手を上げて賛成できる? 毎月サラリーが約束されてる生活とは違うんだ! 酔って絡んでくる客もいるかもしれない! オレは、毎晩毎晩、お前がイヤな思いをしていないかと思いながら生きていくことになるのか!」

父親のセリフに陽菜はその場で固まった。

溢れるほどの、痛いほどの愛情を感じて感謝するとともに、やはり同時に、認めて欲しいという気持ちが消せなかった。

「お父さんね、陽菜のことが大事なの。 亮一くんはお父さんにとっては他人でしょう? 自分の娘と他人の夢とどっちが大事だと思う? ・・・きっとわかってくれるから・・・陽菜も本当に亮一君と今後一緒にやって行きたいっていうなら、逃げないで、ちゃんとわかってもらえるまで頑張りなさい。」

唯一の救いは、母が理解をしめしてくれたことだった。

亮一は母にはきちんと自分の考えを話し、今後もずっと二人で力を合わせていきたいことを伝えた。

「わかったわ。 でも、プロポーズはちゃんとしてやってね、キレイな指輪も買ってやって。 ドレスも着せて、お友達もちゃんと呼んであげてね。 どんなに苦しい生活だったとしても、そこだけは譲らないで。 陽菜は女の子なんだから。」

一気にプロポーズの話題となって亮一も陽菜も慌てたが、そう言いながら涙を流す母親の陽菜に対する深い愛情に気づいて、亮一は大きくうなずいた。

「はい。 その時にはちゃんと・・・ちゃんとします。」

少し頼りない亮一のセリフに、陽菜は泣きながら吹きだした。


いざ開業が近づいて、父親の許しは得られないままに、陽菜はさらに両親に申し入れをした。

「お店が終わってここまで帰ってくるのは不可能なの。 毎日タクシー代1万円もかけていたら生活していけないし、疲れて運転して帰るのも怖いからしたくない。 だから、私、家出るね。 亮一のところに住む。」

母親は予想していたのか動揺しなかったが、父親が思わず立ち上がった。

「お前は、結婚もせずに同棲するって言うのか!」

陽菜はまっすぐに父を見る。

「亮一が・・・お父さんがきちんとすべてを許すまで、結婚は待とうって言ってくれたの。 私もそう思う。 お父さん、来月お店が開業するの。 プレオープンを身内でやるから必ず来てね。 そして、半年でも一年でも五年でもいいから、私たち頑張るから見守って。 で、お父さんの納得いく結果を出せたら、ちゃんと亮一と私のこと、認めてね。 ・・・来週末に荷物運ぶね。 これまで、大学まで行かせてくれて、ずっとここに住まわせてくれて、キレイなお部屋や美味しいごはん、ありがとう。 私、絶対頑張るから。 本当は亮一が挨拶に来たかったの。 今も家の前で待ってくれてる。」

父親の表情が揺れたが、父親も引っ込みがつかないところまできてしまっていた。

「誰が会うか、絶対この家にはいれない!」

父はリビングから出ていってしまった。

「大丈夫、陽菜ちゃん。 いつでも帰っておいでね。」

母がそっと抱きしめてくれて、我慢していた涙が一筋こぼれた。

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