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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
天野亮一の場合
10/308

-8-

穏やかな寝息を立てて眠りについた陽菜の髪をそっと撫でると、亮一は静かにベッドを抜け出した。


シャワーを一緒に浴びながら何度もキスをして、少し濡れたままでベッドに戻ってきた二人は深夜ということもあって声を抑えながらも激しく抱き合った。

・・・実家に帰る直前はいつもなんだか激しいな、陽菜のヤツ。

そんなことを想いながらキッチンの電気を点けると、テーブルの上に刷り上がったばかりのDMが山になっていた。

一枚を手に取って出来栄えを眺める。

うん、上等。

奏のヤツ、なかなかセンスある。

亮一は奏がデザインした「一周年記念」の案内DMを満足して眺める。

・・・一年かよ、早いもんだな。

亮一は同時に陽菜と同棲を始めたことや、店を始める経緯などを一気に思い出した。


父親が内装のデザイナーをしている姿を小さい頃から見ていたので、天野家の三兄弟は形はそれぞれ少しずつ違っても、「設計」という部分には全員が魅力を感じていたようだった。

大学を出て長男の亮一が就職したのは、家の内装を設計するのではなく、システムの設計や開発をする「システムエンジニア」という仕事だった。

もともとIT業界に興味があったので、大手に就職できたのはうれしかったのだが、噂通りの激務はウワサ以上に体に響いた。

当然のように毎日残業どころか、泊まりもしばしば。

手当はそれでも半分程度しか認められない。

慢性の寝不足、肩凝り。

この年になって、視力がまだ悪くなるとは思ってもみなかった。

それでも、クライアントと打ち合わせてシステムを構築し、なんども要求に対応しようと試行錯誤を重ねるこの仕事は性に合っていた。


しかし、気づけば何年も有休どころか週に2日休んだことのない自分に気づいた時、亮一の中で何かがくすぶりはじめた。

・・・最近、家にもほとんど帰ってない。

飲みに行ったのっていつの話だ?

前の彼女と別れたのが25の時で・・・オレももう29になった。

オレ、このままずっと会社でPC叩いてるだけで歳を取っていくんだろうか?

急に不安に襲われた亮一は、大学時代にバイトをしていたバーに久しぶりに行った。

そこで久しぶりにマスターに会い、ずしりと重いロックグラスを手のひらに納めた時、自分の中で何かが形を成し始めたことに気づいた。


その頃のプロジェクトメンバーだったのが、陽菜だった。

「デスマーチ」と呼ばれる終わりのない残業や泊まり勤務の中で、プロジェクトメンバーとは変な連帯感が生まれる。

気付けば陽菜とよくしゃべるようになっていたが、それも単なる連帯感のうちだろうと思っていた亮一だが、ある日のメンバーたちの会話で亮一は自分の気持ちに気づいた。


「あー、今日こそシャワー浴びたいよ! でも今夜もデスマ真っ盛りだよね。」

システムのエラーがどうしても解決できずに徹夜となった日の翌日夕方、陽菜がぼそっとそう呟くと、亮一の同僚の松田が陽菜へ言った。

「あ、オレ明後日が妹の結婚式で、移動もあるしそろそろ帰らせてもらうよ。 横山、うちでシャワー使うか?」

「え、うれしい! ウチ遠いからね、使わせてもらおうかな。」

その瞬間、亮一の中で嫉妬心が燃え上がった。


・・・バカ言えよ、松田!

なんで横山がお前の家で裸になるってんだよ!

デスマーチ独特のハイな気分がそうさせたのか、基本的に慎重なはずの亮一が隙をみて陽菜の手を引っ張って廊下に連れ出した。

「横山。 お前、松田の家に行くのかよ?」

「は? 行きますよ、なんで? だって、シャワー浴びたいし。 うち、ここから1時間半ほどかかるんだもん、明日も早いから帰るの面倒だし。」

驚いた顔の陽菜が少し拗ねた表情を見せる。

「・・・なら、うち来れば? メシも、カクテルも作ってやる。」

・・・何誘ってんだ、オレ!

亮一は自分のセリフに驚いたけれど、陽菜は赤い顔をして俯いた。

「・・・天野さん・・・シャワー貸してくれんの?」

「・・・ベッドも貸してやる。」

それで二人の気持ちが通じ合ったのがわかった。


陽菜は仕事が片付かないのを理由に亮一の同僚へは申し出を断り、明け方3時に亮一の部屋へ転がり込むと、約束通りシャワーを浴びてまずは約束通りに亮一の作ったパスタとカクテルを口にした。

「バラライカが家で飲めるなんて!」

「バーでバイトしてて。 今でも家でたまにシェイカー振る・・・って、家に帰るのも久しぶりだけどな。 パスタもこんな簡単なのでごめん。」

ベーコンと冷凍ホウレンソウのパスタはなかなかの味だった。

バラライカを飲み終わった陽菜が唇をそっと自分の親指でぬぐったのが合図にでもなったように、二人はそっと・・・丁寧にキスを交わした。

「・・・天野さんがお部屋に呼んでくれた。 夢みたい・・・。」

「・・・もっと近づいてもいいか?」

「うん・・・。」

二人はベッドに転がり込んだ。

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