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ワンライ投稿作品

……or Treat?

作者: yokosa

【第23回フリーワンライ】

季節お題:お菓子をくれなきゃ


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 ベスはとにかく全てが気に入らない性質だった。

 今朝飲んだカプチーノのカップに残ったこびり付きの形が気に入らなかった。

 安普請のせいでギイギイ軋む床が気に入らなかった――引っ越してきたばかりなのに。

 引っ越しと言えば、住み始めてから失敗したと思ったのは玄関だった。備え付けのドアベルが、開け閉めの度に途轍もない騒音を鳴らすのだ。勿論、気に入らない。

 何もかもが気に入らない。

 その苛立ちの中心にあって、彼女をイライラさせる原因があった。

 それは若さだ。毎朝鏡を覗くと、日一日と張りと艶が失われていくのがわかった。

 まだ二十九じゃない――と、ママは言う。そう、“まだ”だ。しかし、押し寄せる時間の波は“まだ”の一言をすぐさま“もう”に変形させてしまうだろう。

“もう三十――もう三十なのに”そう言われる光景が目に浮かんだ。

 ベスは忌々しげにカレンダーを睨んだ。11月1日が黒々と塗り潰されている。何が誕生日だ。そんなもの永遠に来なければいい。

 今日は10月31日だった――“もう”だ、“もう”!

 気が狂いそうだった。

 恐慌を押し止めたのは、壁掛け時計の時報だった。ぽーん、と間抜けな音が八回鳴り響いた。

 しん、と室内が静まりかえる。窓の外は真っ暗だった。

 そんな時、ビーッと玄関の呼び出し音が鳴った。

(誰よ。こんな時間に)

 一瞬、悪友が独身最後の二十代を笑いに来たのかと勘ぐったが、はたと気付いた。

 今日はハロウィンだ。きっと、クソ忌々しい近所子どもが菓子をねだりにやって来たのだろう。

 気に入らない。

 子どもだからという理由で、のんきに毎日を生きてるやつら。未来に一片の不安もないやつら。

 私が毎朝丹念に化粧で塗り込める若さをなんの苦労もなしに、無尽蔵に持っているやつら!

 ふん、と鼻を鳴らして玄関に向かう。思い通りにはさせない。

 二重のロックを外して、ノブを捻り、左肩を押し当てて――体重をかけないといけないのだ。ここも気に入らない――ドアを開けた。

 ドンガラガッシャグワァン――!

「――or Treat……!?」

 案の定、ドアベルが騒音を立てた。おかげで、忌々しい一言を半分だけ聞かずに済み、ベスは少しだけ溜飲を下げた。

 ドアベルに面食らった子どもがそこにはいた。

 鍔広の大きなとんがり帽子をかぶった、魔女姿の可愛らしい女の子だった。白磁のように真っ白な肌で、古式ゆかしい人形のようにふわふわなブロンドの、天使みたいな少女。

 天使が魔女の仮装をしている。

 一度は下がった溜飲が喉元までせり上がってきた。にこりと笑いかける。たっぷり糖蜜がかかった甘い声で、

「お菓子はあげないよ」

 唾棄する代わりにそう吐き捨てた。

 女の子は再びぎょっとしたようだった。右手に高々と持った魔法のステッキが下がっていく。

 何かを堪えるように俯き、震えながら少女は言う。

「……いいの?」

「ああいいよ。悪戯でもなんでも。ただし、やったらアンタを警察に突き出してやる!」 ベスは鼻で笑った。

 次の瞬間、強風がストリートに吹き荒れ、少女に殺到した。煽りを食ってベスは尻餅をつく。

 風を纏った少女は、吹き上がるそれに袖やスカートの裾を嬲られながらも、なぜか平然と立っていた。

「――or Treat……」

 逆巻く風の中から少女の呟く声が漏れてくる。

 フッ、と風が凪いだ。

「Treasure or Treat!!」

 ドアベルの比ではない大音声がベスの耳を打った。顔をしかめる彼女に構わず少女は告げた。

「お菓子くれなきゃお宝もらう」

 愛らしい口から紡がれるとは到底思えない、地獄から響いてくるようなおぞましい声だった。

「あなたの大事なものはなあに?」

 言いながら、わなわなと震えるベスの目を覗き込んだ。彼女の全てを見透かすように。

 少女は年相応の笑顔を弾けさせた。

「そう、“それ”なのね」

 魔法のステッキをベスに向けると、空中に何やら星の軌跡を描いた後、

「Treasure or Treat!!」

 少女が再び叫んだ。

 すると今度は無音の大爆発と光が溢れた。いや、無音なのではなく、音の大きさに聴覚がついて行けないのだ。

 真っ白になった視界が回復した後、白い肌の黒い少女の姿は跡形もなくなっていた。

 ベスはよろよろと起き上がった。通りに歩き出る。動悸が激しい。

 今のは一体なんだったのか。

「ハッピーハロウィーン! ベス!」

「Trick or Treat! なんちゃって!」

 声に方を押されて振り返ると、歩道を二人の女が歩いてきていた。

 悪友の二人だった。やはり自分を笑いに来たのだろう。

「忌々しい……!?」

 思わずついて出た言葉に、ベスは口を押さえた。

 なんだ今の声は。

 まるで、しわがれた老婆のような――

「あれ? ベス?」

「ベスじゃないの?」

 心配そうに言ってくる二人に、涙を浮かべながら手を伸ばした。

 やっぱりだ。

 その手は枯れ木のように細く、縦横に皺が走っていた。

 あの少女は魔女の仮装をしていたのではなかった。魔女そのものだったのだ。

 そして、ベスのもっとも大事なもの――“若さ”を奪っていったのだ。



『……or Treat?』・了

「Trick or Treat」って、たぶんだけど、こっちで言うところの駄洒落とか、言葉遊び、韻を踏んだ慣用句だと思うんだよね。たぶん。発音記号はそれぞれ「trík」と「tríːt」で、「trí」が共通してるし。

 そういうところから発想出発して、「Tr-」の付く単語で「Treasure」にした。発音は全然違うけどな。いやそここだわるには時間なくて。

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