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時は過ぎ、放課後。「ありがとうございました」と言って書道部を後にする。いつもなら聡介と一緒に帰るのだが、今日は少し調子が良かったから下校時刻ぎりぎりまで書いていたのだ。そんなわけで、聡介は先に帰ってしまった。
書道教室は四階まである校舎の三階にあって、階段を下りて左に曲がるとすぐに靴箱になっている。そんなわけで、階段を下りて靴箱に行くと、珍しく俊と天馬の顔があった。
「おう、夕士。帰りに会うのは珍しいな」
「だいぶ遅いもんね。おれと天馬は結構時間合うけど、夕士は先帰っちゃうもんね」
「部活が短いんだからしょうがないだろ」
確かに、僕ら三人が並んで帰ることはあまりない。それはやっぱり、僕が書道部に入ったからだろう。
「ま、それは置いといてさ。夕士惜しかったね」
「ん? なにが? 」
「何がって、昼の」
「ああ、僕もあんなに受けがいいとは思わなかったよ」
昼の文化祭のステージに関する案は、予想通り天馬の勝利に終わった。けど、その票数はたったの一票。もう一人でも『ロミオとジュリエット』の方に票が行っていたら、僕の案が採用されていたのだ。
「そういえば、台本は誰が書くの? やっぱり鈴木さん? 」
「裕人はそういってたよ。『実は、文化委員になった時から頼んでたんだ』だってさ」
「は~、段取り良いんだな。まあ、逆にあいつ使わなかったらもったいないもんね」
鈴木さんは、うちのクラスで唯一の文学部。しかも、昨年の小説のコンクールで地区大会の上位になっている。僕たち理系のクラスなんだけどな。
「あ、あのさ」
「なに、天馬。珍しく歯切れ悪いけど」
天馬が少し恥ずかしげに言った。
「えっとさ、俺たち、バンド組まないか」
「これはまた、思い切ったことを」
とはいっても、文化祭まであと二か月。去年先輩のを観に行った限りだと、一グループの所持時間は二十分一曲五分って考えると三曲。十分にできる範囲だと思う。けど。
「天馬、部活大丈夫なの? 」
そう。こいつはバスケ部員だ。やはり、練習はきつい。普段も、予習だけで精一杯だということは嫌と言うほど聞かされている。
「それは、当然俺も考えたんだけど、二年のうちにやりたいことはやっときたいからさ」
「来年は受験だもんなぁ」
天馬に続いて、俊が感慨深げに言った。
確かにそうだ。来年は、受験がある。
ふと、風が駆け抜けた。その中にはちょっとだけ、ひんやりとしたものが混じっていた。
午後六時半。空はオレンジ色に染まり始めている。
「なあ天馬」
「なに? 」
「本気なんだよな? 」
「俺は、やりたい。ここに居たんだっていう思い出を、一つでも多く残しときたい」
そっか。っと言って、少し考えた。この夏休みをどう使うはとても大切なことだから。学力の基礎を固めるのも、部活に打ち込めるのも、これが最後のチャンス。考えなくちゃいけないことは、山ほどある。
けど、なぜかとても落ち着いた。
どうしてか。
自分に問いかけた。それはきっと、結論が初めから一つに絞られているから。迷う必要はないと、本能が言っているから。なら、もう考える必要はない。
「やろうか。バンド」
言葉は、口から勝手にこぼれていた。
「そっか。それじゃあ、おれもやる」
俊が言った。
「二人ともサンキューな」
「ただし、勉強も部活も、ちゃんとやり抜くのが条件な」
「オッケ。全部やりきろう。この夏を最高の夏にしよう」
三人が笑う。空はオレンジに輝く。僕らの夏が、始まった。