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約束

美月が美雪に連れられて幼稚園から帰って、一人で外へ出て来ると、イサヤが国へ帰って、誰もいないはずのお屋敷の前に、じっと立つ小さな姿を発見した。美月はイサヤが帰って来たのかと思って、喜んで駆け出した。

「イサヤ!帰って来たの?」

相手は、その声に驚くようなそぶりも見せず、こちらを振り返った。自分と同じように小さい体なのに、表情は驚くほどに固く、鋭い目だった。そして、真っ黒の髪に、とても深い青い瞳…。イサヤではない。美月はびっくりして急に止まった。

「私、美月。あなた、だれ?」

相手はじっと美月を見ていたが、しばらくして口を開いた。

「…我は、ルーク。イサヤを、知っておるのか。」

美月はその落ち着いた様子に、戸惑った。幼稚園のほかの友達と違う…。

「うん。私の友達なの。ルークも、イサヤの友達?」

ルークは、戸惑った顔をした。

「我が?いや…縁者かの。」

美月は首を傾げた。

「えんじゃ?」

ルークは見るからに困ったようだ。

「…いや、いい。」

美月はお屋敷の庭を覗いた。

「イサヤ、帰って来ないねえ。私、お庭のお花、おっきくなったか見たいのになあ。」

それを聞いたルークは、門を開けた。

「ならば、見に参ろうか。今、我はここに滞在しておるのだ。」

美月はちょっとわからない言葉もあったが、笑って頷いた。

「うん!ルーク、こっちなの!」

美月はルークの手を掴むと、一目散に走り出した。ルークは戸惑いながら、その手に引かれて走って行った。

そうして、花を見て、池の鯉を見て、美月はルークにいろいろと広い庭を案内して回った。そして、鬼ごっこを一緒にした。ルークは鬼ごっこを知らなかったので、教えてあげた。

途中、ギリシュという男の人が、二人にお茶とお菓子を出してくれたのでそれを食べて、また一緒に外を走り回った。

そうしているうちに、二人はすっかり仲良くなった。ルークは難しい言葉を使うが、美月はそれでもルークの声が好きだった。

二人は、ベンチに並んで座って暮れて行く日を見ていた。

「もう帰らなきゃ、ママが心配するなあ。ルーク、明日も遊ぼう?」

ルークは美月を見たが、悲しげに首を振った。

「我には、そんな時間はないのだ。今日だって、本当ならすぐに帰らねばならなかったのに、無理を通してここにこんな時間まで残った。父上の、お加減が良くないので…。」

美月は同じように暗い顔になった。

「ルーク…パパが病気なの?かわいそう…」

美月はルークの頭を撫でた。ルークは驚いて、美月を見た。

「美月…」ルークは言い淀んでから、思い切ったように言った。「ずっと一緒にこうして居られる方法がある。美月は、我と共に居たいか?」

美月は満面の笑みで頷いた。

「うん!とっても楽しかったもの。ルークは?」

「我も…楽しかった。」ルークはためらいがちに言った。「では、大きくなったら、我の国へ参れ。迎えに来る。我の妃に。」

美月は眉を寄せた。

「妃ってなに?」

ルークはなるべく噛み砕いて言おうと考えた。

「終生…いや、ずっと一緒に居られるのだ。二人で、ずっと共に暮らして、子供をなして…」

美月は分かったようで、頷いた。

「うん、いいよ。ルークがお父さんで、美月がお母さんだね。」

ルークは頷いた。

「約そうぞ。」ルークは言って、美月が好きだとさっき言っていた雑草の小さな花を摘んだ。「では、これを、美月。」

美月は嬉しそうに微笑んだ。

「わあ、ありがとう!」

そしてそれを受け取る時、ルークは美月の腕を掴んで引き寄せ、美月に口付けた。美月は何をされているのか皆目分からなかったが、すごくドキドキして、じっとしていた。

唇を離して、ルークが言った。

「主が我が妃になる。」ルークは小さな手で、同じく小さな美月を抱き寄せた。「必ず迎えに参るゆえ…。」

美月は微笑んだ。

「うん。また一緒に遊ぼうね。」

ルークは黙って頷き、しばらくじっとそのまま美月を抱き締めていた。



「ルーク…」美月は、呟いた。「ああ、ルーク・イスリーク・ラミネって…!」

イスリークは、嬉しそうに微笑んだ。

「思い出したか。」と、美月を抱き寄せた。「あの時は、全て名乗る訳には行かなかったゆえ。あの後、父上が亡くなり、我は8歳で王座に就かされた。自由が利かず、どれほどにイライラとしたことか。美月、約したであろう?迎えに参った。主が卒業したら、我は主を連れて国へ戻る。」

美月は呆然とした。イスリーク様が、あのルーク…。私、イサヤがフォースト・キスの相手だと思っていたのに、違った。イスリーク様だったんだ…。でも、どうしよう。私、約束ばっかりしてるじゃないの!しかも忘れていたなんて。しかも、相手は完全に真面目に覚えているなんて!

「い、イスリーク様、私…。」

イスリークは首を振った。

「聞いておる。イサヤが主を娶ると言うておるの。我の方が先であったわ。主らが幸せにやっておるなら、我も退くよりないかと思うて来たが、あやつは主を守ることも出来てはおらぬ。何のために傍に居ったのだ。あれは、平和な中に居過ぎて危機を察知する能力を鈍らせておるのよ。主を任せることなど出来ぬ。」

美月は困ってイスリークを見上げた。

「イスリーク様…。」

イスリークは、美月を見つめた。

「おお美月、我は主を忘れたことなどない。このように美しく育って…主は我が妃になる。」

イスリークは美月に唇を寄せ、深く口付けた。美月は戸惑って、どうしたらいいのか分からずに、ただその口付けを受けていた。

イサヤが、それを見て屋敷へ逃げるように去って行った。


次の日、美月は目が覚めてもまだぼうっとしていた。

イサヤが好き。それは間違いないことなのに、今はイスリーク様のことも思い出してしまった…。

そしてベッドから起き上がって、もう捨てようと放り出したままのボタンが引き千切られたブラウスを見た。

昨夜、結奈はあんなことを考えて、自分をあの席へ呼んだのだ。三島を取り込んで、もしもイスリークが来なければ、自分はあんな男に意識もないまま体を奪われてしまっていただろう。

それを思うと、恐怖よりも吐き気がするような気持ち悪さを感じた。元はと言えば、自分がイサヤの忠告を頭から聞かなかったせい。きっと、イサヤには何か分かる所があったのだろう。

結奈が、そこまでイサヤを想っていたなんて。

美月は居た堪れなかった。私が憎くて仕方がなかったのだろう。イスリークは、警察に連絡させたと言っていた。あの後、どうなったのか、全く分からない。私は一体どうしたらよかったのだろう…。

美月が考えに沈んでいると、母の美雪の声が、階下から呼んだ。

「美月ー!イサヤ君が来てるわよ!」

美月はハッとして、叫んだ。

「はーい!すぐに行く!」

珍しい。いつもはそんな面倒なことはせずに、いきなり窓から入って来るのに。昨日はいきなり飛び出したりして悪かったから…謝らなきゃ。

美月は慌てて着替えると、階下に駆け降りた。

イサヤが、階段を降りて来る美月を見上げて言った。

「美月、ちょっと出かけないか。」

美月はイサヤに歩み寄った。

「いいけど、どこに?」

イサヤは先に立って歩き出しながら言った。

「オレの別荘がここから一時間ほど走った海の傍にあるから、そこへ。」と付け足すように言った。「…イスリークが、屋敷に居るから落ち着かねぇ。二人で話も出来ねぇからな。」

美月は頷いて、イサヤについて歩いた。

外へ出ると、いつもより少し小さめの車が停まっていた。それに乗って、ライナの運転で美月はイサヤと二人で海の傍の別荘へ向かった。

車に揺られていると、イサヤがじっと黙っている。美月は何か話そうと、イサヤを見た。

「ねえイサヤ、イスリーク様が付いて来てしまうってことはないの?」

イサヤはチラッと美月を見ると、首を振った。

「ない。あいつは政務を放って来てるから、こっちに居ても最低限は処理して国へ送らなきゃならない。今はその処理中だ。だから出て来たんだ。」

美月は頷いた。そうか…王なんだもんね。でも、イサヤだってそうなる。王に…。

「昨日はごめんね。」美月は、イサヤのほうを見ずに言った。「急に出て行って…でも、イサヤが王様になるなんて、考えてもみなかったの。でも、小さい頃からのことを思い起こしたら、確かにイサヤは王様みたいだったわ。皆の上に立って、みんなを引っ張って行くようなことばっかり…ただ、イサヤの場合は、じっと見てて皆をそっちへ促して誘導して行くような感じだったけど、結局はイサヤの思う通りに皆が決めて行って物事が決まっていたもの…。皆知らない間にイサヤの思い通りに動いているって感じ…。」

それを聞いて、イサヤは苦笑した。

「なんだ、気付いてたのか。そうだ。オレはまだ未熟な奴らが迷わないように道を指し示す役をやってたのさ。はなっからオレが決めて動かしても良かったが、それじゃ納得しない者も出ただろう。だから、それはそれで勉強にもなった。人とは、おもしろいものだな。」と、ため息を付いた。「…オレが王子だってことを言わなくて悪かった。だが、そんなものはオレ達の間に不要だと思ってたんだ。オレが王子だって言ったら、近付いて来る女は多い。だが、遠ざかる女も居る。お前は間違いなく後者だ。だからこそ失いたくなかったし、怖くて言えなかった。いつかは言わなければとは思っていたんだ。」

美月はイサヤを見た。

「イサヤ…。」

最近、イサヤはまた目に見えて凛々しくなった。小さな頃から一緒に居る自分ですら、見慣れないほどに美しい容姿。それは、イスリークも同じだった。不思議な力を持っているのと関係しているのだろうか…。

美月はじっと考えながら、イサヤの端正な顔を見ていた。イサヤが、居心地悪げに美月を見た。

「…なんだ?」

美月は首を振った。

「何でもない。ただ、イサヤは王子で、次の王で、そんなに恵まれた容姿だし、小さい頃から頭も信じられないほどいいし、空も飛べるのに、どうして私なのかなって。」

イサヤは、じっと前を見た。

「…お前だけは、特別なんだ。」イサヤは言った。「美月、オレは一年に一回必ず帰国するだろう。あれはビザの更新もあるが、父に会って、今後のことを話さなきゃならないと決まっていたからだ。オレは毎年、お前を見守って、お前と結婚すると言って来た。この16年、ずっとな。その間、父のほうでは別の相手を探しても良いだろうと、何度も宴席に出されて他の女と話さされたりもした。だが、他はつまらねぇ。一緒に居ても、おもしろくもなんともない。話してても、全く何もないんだ。なのに、お前はあんな小さな頃に、一目見た時から傍に置きたいと思った。愛してるのは、お前だけだ。だから、オレはお前の他に誰か嫁にするつもりはねぇ。」

美月は、戸惑った。まったく取り柄も無くて、いつもイサヤに助けられてばかり来たのに。試験前なんて、毎回イサヤに教わって、それでなんとかやって来た。あれがなければ、ここまで来れなかったと本当に思う。送り迎えもずっとしてもらって来た。だから、今では父も母も、私がイサヤと結婚するのだとばかり思っている。小さい頃から、あまりにも一緒だったからだ。

美月は、イサヤの手を握った。イサヤが驚いたように美月を見るのがわかったが、美月はイサヤの肩にもたれて、目を瞑った。

「…眠いのか?」

イサヤの声が頭上から降って来る。幼い頃から、ずっと一緒に居たイサヤ…。私も愛してる。いつも頼って来た、大好きなイサヤだもの。

「イサヤ…大好きよ。」

美月は、目を瞑ったまま呟くように言った。イサヤが、握っていた手を離して、美月の肩に手を回す。そして、柔らかいものが額に押し当てられた…イサヤの唇なのだと、美月は思った。

そして、幸せだと思っていたら、そのまま眠ってしまったのだった。

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