再出発
それからひと月、神の会合は龍の宮にて、全ての宮の王の出席で執り行われた。
前世の記憶もなく、また前世こちらの神でもなかったもの達は、皆一様に緊張した面持ちであったが、それも見慣れた神達に会ううちにほぐれて、会合の間に集う時にはリラックスした様子だった。
それでも維心と炎嘉が入って来た時には、皆また緊張して固い表情をした。会合は、あの当時のまま、並んで座った維心と炎嘉のうち、炎嘉の方が進める形で、まずはそれぞれの宮の位置の説明から、以前そこに住んだ神の事まで、順に話した。
そうして、滞りなく会合を終えた後、皆は宴席の場へと移った。皆、あまりに大きく洗練された龍の宮に、ただ感嘆の声を漏らしていた。
上座に座る維心、炎嘉、蒼は、皆が歓談するのを眺めながら話していた。維心の後ろには維月が座り、蒼の後ろにはエレーナが座っていた。思いの外、穏やかに幸せそうなエレーナに、維月はホッとしていた。
「…やはり、蒼は妃に恵まれておるのね。良いかたのようで、安心しましたわ。」
維月は、小声でソッと維心に言った。維心は頷いた。
「あれは昔から女に好かれよるからの。良いことよな。」
炎嘉が蒼を見て、言った。
「うまく行っているようであるの、蒼。主はほんにいつなり妃と仲が良いな。感心するわ。」
蒼は眉を寄せた。
「夫婦なのに仲が悪いことが分からぬ。政略であれば尚のこと努力せねばの。相手も我慢するのであるから。」
維月が微笑んで言った。
「話し方が神のようになっても、本質は変わらないこと。蒼はやはり蒼なのね。」
蒼は、維月を見てため息をついた。
「…母さんには敵わない。そう、オレは変わらないよ。話すのだって、ほんとは人の時のようにしたいんだ。でも、こんなに長く生きてる、しかも王なのに、いつまでもこれじゃ皆に示しがつかないだろう?だから、皆を葬って回ったあの1200年前に決めたのさ。オレは神の王になる、演じきるってね。」
炎嘉が笑った。
「おお、それでこそ主よ。主が我らのように話すとどうも落ち着かぬ。何やら維心にも似て、冷めて見えるの。」
維心は呆れたように炎嘉を見た。
「いちいち我を引き合いに出すでないわ。どうも主は昔から我を良く言わぬの。我から見たら、主の方が王らしゅうないのにの。」
炎嘉は、ふん、と鼻を鳴らした。
「ああ、気に食わぬ。女をあれほど塵のように扱っておった主が、維月を得て何度転生しても手にしておるなど、許されることではないわ。」
維心はふふん、と笑った。
「なんだ、結局そこか。我は迷いがないからの。無駄な寄り道はせなんだゆえ、こうして居るのだ。己の愚かさを我にあたられてもどうしようもないわ。のう、維月。」
維心は、維月の肩を抱いて頬を擦り寄せた。維月は、困ったように維心を見た。
「維心様ったら…困ったかた。」
そこに、シンタが来た。蒼に頭を下げる…格下であることの、礼儀はわきまえているようだった。維心も炎嘉も、座り直してそれを見守った。
蒼は言った。
「シンタか。」
蒼が声を掛ける。格下の神から、格上の神に公式の場で声を掛けるのは禁じられているからだ。シンタは顔を上げた。
「この度は、我が母との婚姻、誠に喜ばしいことと、お祝い申し上げまする。」
蒼は頷いた。
「エレーナは、大変に良い妃よ。主もまた、月の宮へ参るが良いぞ。あれの子であるなら、我の息子のようなものであるからの。分からぬことがあれば、なんなり聞くが良い。」
シンタは頭を下げた。
「は。母と話して良いでしょうか。」
蒼は頷いて、エレーナに手に差し出した。エレーナは、すぐにその手を取った。
「エレーナ、話して参れば良い。我はここにおる。」
エレーナは、蒼に頭を下げた。そして、シンタと共にそこを出て行った。それを見送って、炎嘉は言った。
「ふむ。…幾分、落ち着いたのではないか?」
維心も頷いた。
「気に乱れはない。恐らく、少し成長したの。王がなんたるかが分かって来たようであるの。このまま様子を見て良いであろう。」
蒼も頷いた。
「黒い霧にも憑かれていなかった。此度のことがきっかけで目覚めてくれたのならば、オレは嬉しいがな。」
「きっとそうよ。」維月が言った。「あれで、母離れが出来ていなかったのかもしれないわ。それで、父親を越えようと無茶をする…古来より、よくあったこととして話に聞くことよ。」
維心が維月を見た。
「そうよの。しかし、腹の子はどちらであるのか。男であったなら、また将維のようなことがあってはと我も気が気でないの。」
蒼と炎嘉が驚いたように二人を見た。
「子?!また出来たのか!」
維月が頷いて腹を撫でた。
「ええ、三か月よ。またって、今生で初めての子なのに。きっとまだイスリーク様としてしかご記憶のない頃に宿ったお子であるかと思うけど。」
維心は、誇らしげに維月の腹に手を置いた。
「それは我らの子であるから。いくらでも出来ようほどに。」
炎嘉が呆れて言った。
「いくらでもと…あのな、一人で良いのだ一人で。主の子が多いといろいろややこしい。皆が皆維月維月と大変であろうが。とにかく、それでやめておけ。わかったの?!」
維心は、しらっと横を向いた。
「出来たら仕方がないであろう。」
炎嘉が何か言おうと口を開くのを、維月が制した。
「炎嘉様、恐らく当分はこのお子だけでありまする。この子は、私がまだ美月でしかない時に宿ったお子。あの時は、自分で調節する術を知りませんでした。今は、維月の記憶が戻りましたので、分かりまする。私がそこは考えておりまするから。」
蒼は、ああ!と手を打った。
「そうか、だから十六夜が、今朝ここへ来るかと聞いたら不機嫌に、行かないと答えたのか。最近わかったことだろう?」
維月は頷いた。
「ええ。十六夜には月から話したから。前世の一度目は蒼の月の命、転生して二度目は維織って、私と十六夜には維心様より先に一人は子が居たでしょう?今生では維心様が先だったから、ちょっと拗ねているの。別にそんなこと関係ないのに。」と、窓から見える月を見上げた。「でも、すぐに機嫌は直ると思うわ。私達ってそんな簡単な仲ではないから。」
皆も、それにつられて月を見上げる。すると、月から声がした。
《…わかってるよ、維月。》
皆は驚いた。維月は微笑んだ。
「十六夜…また迎えに来てね。」
十六夜の声は答えた。
《今すぐでも行ってやらぁ。》
月から、光の玉が降りて来たと思ったら、大広間の真ん中で人型になった。そこで酒を飲んでいた神達は皆、呆然とそれを見上げている。
「…あれは、ミリオナのイサヤ王子ではないか?」
皆が、ざわざわと騒いでいる。十六夜は、維月に手を差し出した。
「さ、維月。月の宮へ行こう。」
維月は、ふふと笑った。
「もう…いつもいつも勝手なんだから、十六夜は。」
それでも、維月は手を差し出した。十六夜はその手を取ると、維月と共に浮いた。
「維心、じゃあちょっと借りてくな。いいだろうが、お前いつも独り占めしてるんだからよ。それだけ一緒に居りゃ、子だって出来るさ。」
十六夜は、ふんと横を向いた。維心は抗議しようと口を開いたが、思い直して、仕方なく頷いた。
「…仕方がないの。また我も月の宮へ行く。」
十六夜は維月と共に踵を返しながら笑った。
「かわらねぇなあ、維心。いつでも追い掛けて来るんだからよ。」
二人は、手を繋いで仲良く飛び立って行った。維心は、それを見送って、ため息を付いた。
「ほんになあ…これさえ無ければ良いのに。しかし、我らはいつも共と約した仲。仕方がないの。」
炎嘉は珍しく神妙な顔で頷いた。
「そうか、これがあったか。主も手放しに維月をものにしておるとは言えぬのだな。しかし、もう我は慣れたわ。あやつらは、いつも二個一であるから。」
維心はもう一度ため息を付いた。
「我ももう、慣れたわ。二千年であるぞ?なので、もう良い。」
蒼は、そんな維心と炎嘉の背を見ていた。懐かしい、1200年前のままの神達。両親である十六夜と維月。つい数か月前、たった一人で寂れた神の世で結界に篭り、ただじっと時が過ぎて行くのを見ていた。今は、その神の世を再生しようと転生した神達に囲まれて、まるで別の世界に居るようだ。まだ、これが夢であるかのように…。
蒼は、いつまでも穏やかに、今度こそこの神達が、穏やかな生活の末に寿命による最後を遂げて、そして幸せに旅発つことを祈っていた。
蒼は、立ち上がって手を上げ、月から浄化の光を降らせた。それは、龍の宮を包み込み、辺りを清浄な空気に換えて行く。神の王達が感嘆の声を上げてそれを見守る中、蒼は月の光の中、ただ立っていた。再び活気を帯びた神の世を、祝福するように。
ありがとうございました。これは、本当は年明けにでもアップようと思っていたものなので、本編のまよつきを読んでくださっている方には混乱を招いたかもしれません。本編、続・迷ったら月に聞け4は、思いも掛けずこちらを書き上げねばならなくなったので、まだ少ししか書けていません。ディンダシェリアの方を先に書き上げてしまいますので、もうしばらくお待ちくださってませ。11/19




