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略奪婚

エレーナは、静かになった宮の部屋で、一人庭を眺めていた。

庭師が懸命に掘り起こし、色とりどりの花を咲かせようと、エレーナの部屋から見える範囲を優先的に作っている。エレーナは、暗い茶色の色の髪に、グリーンの瞳のとても美しい女だった。ある日、庭で花の世話をしている時に、突然に現れたシンタの父、タリックに、マーラスへと連れ去られ、その日の内に妃にされた。親子ほどに歳の離れた、大勢の妃が居たタリックに、エレーナは愛情を感じる暇もなかった。なぜなら、タリックはシンタが10歳にもならぬ頃、突然に来た老いで寿命を迎え、亡くなったからだ。

それでも、タリックが自分を愛してくれているのは分かっていた。他の妃には通わないのに、自分には毎日、政務の間をぬって会いに来た。シンタが宿った時には、それは喜んだ…他の妃には、子がなかったからだ。

なので、エレーナも愛そうと努力した。なのに、力のある神に付き物の、若い姿のまま時を過ごし、その終わりに突然に来る老いには勝てず、エレーナの愛情が育つまで間に合わなかった。それでも、エレーナは最後までタリックに付き添った。タリックは、エレーナに会えて幸せだった、これからは己の幸せを探せと言い置いて、旅立った。

エレーナは、それでも城を出る気にはなれなかった。タリックが本当に自分を大切に思ってくれていたことを、最後に知ってしまったからだ。なので、他の妃が次々な里帰りしていくのに、エレーナは幼くして即位したシンタを見守り、城に残った。

エレーナが物思いに沈んでいると、シンタが入って来た。

「母上。」

エレーナは、振り返った。

「シンタ…騒がしかったのも収まったのに、浮かぬ顔をしておるわね。どうしたの?」

シンタは、頷いた。

「我は、父上が果たせなかった事を成し遂げようと、ミリオナと事を構えようと致しました。あちらの元王妃と侍女をさらい、うまく行くように思えた。なのに、侍女だと思うておったのは、龍王妃であったのです。激昂した龍王が攻め入り事は思わぬ方向に大きくなった。…ルイ殿が、それを見かねて我に進言したのは、ミリオナの元王妃を略奪して来たことにせよと。龍王妃は、間違ってこちらへ来たのだとせよと。」

エレーナは、息を飲んだ。まさか、この息子がそのような事をしておったとは。

「そのような…シンタ、お父様はそのような無謀な王ではありませんでした。まず民の事を考え、己は後回しのかただった。そのように、短慮なことをしてはなりませぬ。ルイ様が助けてくださらねば、あなたは皆を不幸にしてしまったのですよ。やっと、こちらで命の危機から逃れたと、安堵しておるのに…。」

シンタは、下を向いた。

「はい。我も短慮であったと思う。しかし、古来の神の術を発見し、舞い上がったのでありまする。やはり、我は妃を迎えねばなりませぬか?」

エレーナは、ため息をついた。

「シンタ…世のためを思うなら、そうでしょう。ですが元王妃様のお気持ちを考えると、我はそうせよと手放しには言えませぬ。お互いに望まぬ同士…うまく行くのにも、かなりの時間が必要です。ミリオナの前王と王妃の仲睦まじさは、我でも聞き及んでおるほどでした。まだ亡くされて少し。とても我には勧められませぬ。」

シンタは、エレーナを見た。

「しかし、世のためには必要とおっしゃるのですね?」

エレーナは、渋々ながら頷いた。

「ええ。恐らくそれが良いのでしょうね。我は政務には明るくありませぬ。臣下達はなんと?」

シンタは、答えた。

「はい。ミリオナと婚姻による同盟を結び、ミリオナと縁戚にあたるラミエナも手を出すことも無くなるので、この婚姻は必要だと。」

エレーナは、頷いた。

「ならば我には何も言うことはありませぬ。あなたが王です。お決めにならなくては。」

シンタは、思い詰めたような顔をしていたが、頷いて、くるりと踵を返して出て行った。

エレーナは、また窓の外を見た。


「ふーん、こうして見ると、なかなかに品のある美しい女ぞ。タリックがそれは溺愛しておったと聞いたが、それも道理よの。あの若さで未亡人とはもったいないことよ。」

炎嘉が、それを気配を消して伺いながら言った。蒼が、険しい顔でエレーナを見つめて言った。

「…幸せそうであるのに、気の毒なことよ。」と、スッとその部屋に降りて行った。「しかし、これも神の世の理。諦めてもらうよりないの。」

炎嘉は、驚いた。これが、あのおどおどしていた蒼なのか。

あまりに驚いたので、ただ蒼を見送っていると、突然のことに声を出すことも出来ないでいるエレーナに、蒼は言った。

「すまぬの。共に来てくれぬか。我は月の宮の王、蒼。主をめとるため、ここへ参った。」と、手を差し出した。「我と共に参れ。」

じっと蒼の目を見ていたエレーナは、まるで操られるようにその手を取った。蒼は、その手を引いて抱き上げた。

「参る。」

呆然としている炎嘉を尻目に、蒼は飛び立った。そして、ふと振り返って言った。

「オレと一緒でないと、結界を抜ける時、気取られまするよ?炎嘉様。」

炎嘉はハッと我にかえって、慌てて後についてそこを出たのだった。


龍の宮では、維心が眉を寄せてその話を聞いていた。外はもう暗くなっいる。炎嘉は、お構いなしに言った。

「もう、驚いてしもうての。」炎嘉は興奮ぎみに言った。「あの蒼が、変な所を主に倣ってしもうて!あんなに冷めた略奪は初めて見たわ。しかも、初めて会うた女に手を差し出しての。女も手を取ったゆえ、どうしたのかと思うたら、月にはああいう力もあるのだな。人を惑わすのだ。あの女は、明日の朝、何もかも済んでから我にかえるのだそうだ。怖いのう…あやつ、変な事を覚えてしもうておるぞ。」

維月はただただ驚いて聞いている。しかし維心は不機嫌に言った。

「ならば明日になってから話しても良かろうが。十六夜もさっき母親を無事月の宮へ連れ戻ったと知らせて参った。主らは我に恨みでもあるのか。」

炎嘉は、イライラとしたその様子に、はたと気付いてニッと笑った。

「なんだ維心よ、維月との夜を邪魔されてイライラしておるの?まだ夕方であろうが。さっき日が落ちたばかりよ。やけに寝るのが早いと思うたら、そういうことか。良い良い、夜は長いのだから、のう維月よ、いつか約した昔語りを今しようぞ。」

維月は、困ったように笑った。維心がぶんぶんと首を振った。

「ならぬ!もう帰れ、炎嘉!部屋を用意させておるだろうが。やっと記憶を戻した最初の夜に、主らは遠慮というものを知らぬのか!」

炎嘉は、ふて腐れたように横を向いた。

「何を言うておるのよ。二千年も傍に置いて、まだ足りぬとはもはや病いよの。今さら一日二日待っても良いだろうよ。」

維心は立ち上がった。

「話にならぬわ。我は行く。」と、びっくりしている維月を抱き上げた。「これ以上待てぬわ。」

奥の間へ運ばれながら、維月は慌てて言った。

「炎嘉様、明日!明日お話を致しましょう!本日は維心様がかなりご機嫌が悪くて…、」

「うるさい維月!我以外に気を遣うでない!」

維心は、イライラ末期だった。

「そのような、維心様…、」

二人は、奥の間へと入った。炎嘉は憮然として言った。

「全くあやつ!少しも変わらぬわ。」

そして仕方なく、客間へと引き上げて行った。

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