作戦会議
次の日、龍の宮には、炎嘉、十六夜、蒼、レキヤが揃っていた。維心の居間に揃った皆を、維心は維月を横に、定位置に座って見回した。
「…つまりは、シンタのしたことをそのようにおさめろと申すのだな?炎嘉よ。」
炎嘉は頷いた。
「その通りよ。維心、今の世でいきなり一つの種族を滅するのは良くない。やっとこの地に落ち着いたばかりの神達に、要らぬ動揺を起こさせてはならぬのだ。全て、それで丸く収まるのだ。元よりあやつには維月をさらうつもりなどなかった。たまたま美奈殿と共に居たゆえ、そうなっただけのこと。これより厳しく監視すれば良いであろう。次にこのようなことになった時、滅ぼせば良いのよ。」
維心は、眉を寄せた。
「二度とこのようなことはさせぬがな。」と、十六夜を見た。「主は納得しておるのか。主の母であろう。」
十六夜は、視線を落とした。
「いや…母上は恐らくおつらいだろう。父上が亡くなられて、後を追いたいとまで思い詰めておられたのだ。お前、もし自分が維月を残して先に逝って、維月がこんなことになってたらどう思う?お前を思って悲しむ維月が、世の平穏のために無理矢理嫁がされるんだぞ?」
維心は、維月を見てグッと肩を抱いた。
「…させぬわ。我はいつなり共に連れて参る。置いてなど逝かぬ。」
「維心様…。」
維月は、維心に身を擦り寄せた。維心は愛おしそうにその髪に唇を寄せた。
「よしよし、主は我から離さぬゆえの。案ずるでない。」
炎嘉はそれを見て呆れたように言った。
「相変わらずよの。黄泉の時間も入れればもう二千年近くなるのだろうが。よう飽きぬの。我も待ちくたびれて諦めたわ。」
維心は憮然として炎嘉を見た。
「あのな、主こそたいがいにせよ。何代にも渡って我らにまとわりつきよってからに。我はこの魂のうちで、愛したのは維月のみ。我が魂は維月のものよ。飽きるはずなど始めからないわ。何度も言わせるな。」
炎嘉はため息をついた。
「ああ、わかっておるわ。もう良いと言うに。それよりの、美奈殿のことよ。」と十六夜を見た。「確かにつらいことやもしれぬ。だが、必要なことぞ。維心がやっと戻ったゆえ、これよりはこんなことは起こらぬだろうが、今をおさめねばならぬ。それに、ここが大事なところぞ。マーラスとミリオナが、これで同盟を結ぶ形になるゆえに、マーラスもそうそう勝手は出来ぬ。ミリオナの方が格上になるゆえ、美奈殿は雑に扱われる事もない。マーラスを抑え、尚且つ今回の事を収めるには、これしかないのだ。わきまえよ。」
十六夜は、黙った。レキヤが言った。
「イサヤ、これは大切な事だ。美奈殿には、諦めて頂くよりない。それで、神達は安心して暮らせるのだから。我にしても叔母君のこと、思うようにしてやりたいのは山々だが、これも王族の責務よ。それに、もうあちらへ略奪されておるのだ。本来ならば、とっくに手が付いて既に妃である身。それが、ここまで何もないこと自体が有り得ぬことなのだ。」
それでも、十六夜は黙っていた。母が、どれほどに父を愛して、父がどれほどに母を大事にしていたが見ていて知っていたからだ。父も、愛する母の子であるからこそ、自分をそれは大切に、本来なら許されぬ我がままも、臣下を抑えて大概見逃してくれていた。このようなこと、父が許すはずはない…。
維月が、見兼ねて言った。
「維心様…他に方法はありませんでしょうか。美奈様は、本当にイエン様を愛しておられたのです。真実、シンタ殿が美奈様を想うてこうなされたのならいざ知らず、仕方なくということであれば、お互いにつらい婚姻となりましょう…。」
維月が、悲しげに袖で口元を抑えて横を向くと、維心は急に心配そうに維月の顔を覗き込んだ。
「維月…主が憂いることではないのだ。そのような顔をするでないぞ。」と、炎嘉を見た。「炎嘉、何とかならぬか。」
炎嘉は呆れて大袈裟にため息を付いた。
「あのなあ維心。だいたい主が維月が真実どうしてあちらへ行ったのかも調べもせずに、突然に攻め入ったりするゆえ、こんなことになってしもうたのだぞ?まあ、あの時はイスリークの記憶しかなかったゆえ、仕方がないがの。」と、考え込む顔をした。「…後は、人質を取ることぐらいしかないの。つまり、あちらにはシンタの母のエレーナが居る。母とは言ってもまだ100歳にもならぬ女で、しかもかなり美しい。シンタの父の前王が略奪して来て妃にしたぐらいだからの。それを、こちらの誰かの妃にすることだ。それで、あやつはこちらへ何も仕掛けて来れなくなる。」
そこに居る全員が、顔を見合わせた。妃。
真っ先に首を振ったのは、維心だった。
「我は維月以外の妃は娶らぬ!どうしてもと申すなら維月を連れて黄泉へ戻る!」
炎嘉も首を振った。
「我とてそんなつもりはないぞ!今生、記憶が戻っておらなんだゆえ、臣下が連れて来る妃を言いなりに迎えておったら今5人も居るのだからの。もう要らぬ。」
レキヤは控えめに下を向いた。
「我は…まだ宮に落ち着いても居らぬのに…妃など面倒であるし…。」
十六夜は、居心地悪げに言った。
「オレの母親のことで揉めてるのは分かってるんだが、オレだって維月以外は無理だ。前世と今生で二千年以上維月だけだってのに、今さら無理なんだよ。」
皆が一様に黙った。
その時、皆の視線は一点に集まった…蒼。蒼が残っている。じっと黙っているが、否とも言っていない。十六夜が、恐る恐る蒼に言った。
「なあ、蒼…お前、今独りだったな?」
蒼は、来ると思っていたので、ため息を付きながらも頷いた。
「ああ。でもな十六夜、オレは何人妃を娶って来たと思ってるんだ。これまでだって、結構政策やらなんやらで好き嫌い関係なく妃だらけで、だけど結局皆先に死んで逝ったよ。娘達まで先に、な。だから、またああやって悲しい思いをするのかと思うと、妃など面倒だと思ってしまう。なので今は独りなんだ。」
維月が、頷いた。
「そうね…蒼にばかり押し付けるのもね…。月の宮の王だからって、昔から蒼にばっかり婚姻の話が行ってしまって。ここまで来て落ち着いてるのに、また新たに妃を一からなんて、嫌よね。」
蒼は、維月を見た。維心も、気遣わしげにこちらを見ている。蒼はまたため息を付いた。
「…仕方がない。皆戻ったんだから、こうなるのも道理だしな。で、そのエレーナって元妃を、オレが娶ればいいのか?」
十六夜が、パアッと明るい顔をした。
「娶ってくれるのか?」
蒼は呆れた顔で視線だけ上を向けた。
「ああ。皆が戻ってくれたんだから、これぐらいはしなきゃな。オレが一人の時のことを思ったら、なんでもないことだ。どうすればいい。」
炎嘉が、頷いた。
「あちらへ略奪に参るのよ。」蒼が驚いた顔をしたのを見て、炎嘉は続けた。「我らも加勢するぞ。その時、一緒に美奈殿を連れて出るといい。宮さえ出れば、結界の中でも月の移動能力は使えるだろう。我と維心で二人を外へ連れ出し、十六夜と主が月の力で月の宮へ移動させてくれれば良いのだ。」
十六夜が眉をひそめた。
「…あれは、満月でないと使えねぇんだよ。しかも、途中で何か障害があったら別の場所に降りちまうし。極力使わないようにしてるんだがな。」
炎嘉はため息を付いた。
「なんだ。役に立たぬの。ならば結界の関係ない主らが行って、二人を連れて帰って来れば良かろう。主らほど、人さらいが天職の神など居らぬからの。」
蒼は眉を寄せた。
「またそんなことを。炎嘉様、オレは前世でも人さらいなどしたことはないんだがな。」
維心が横から言った。
「それだけ、神達に気取られにくい気なのだ。それに、月に結界は効力はないしの。出来るか?蒼よ。」
蒼は、気が進まなさそうな表情で頷いて立ち上がった。
「はい。しかし、オレはエレーナという女の顔を知らぬし、誰か共に行ってもらわねば。」
炎嘉が立ち上がった。
「仕方がないの。我が行こう。しかしまだ日は高いぞ?明るい中でさらうのか?」
蒼は歩き出しながら言った。
「別に明るくとも暗くとも関係ないではないか?明るい方が見つけやすくて良いかもの。」
出て行く蒼の後姿を見送ってから、炎嘉は維心と維月を振り返った。
「蒼は、1200年ですっかり擦れてしもうて。もっと素直で扱いやすかったのにの。」
維月は苦笑した。
「孤独は人や神を変えるのですわ、炎嘉様。」
炎嘉は頷いて、蒼の後を追った。十六夜も立ち上がった。
「じゃ、オレは母上を連れに行って来るよ。そのまままず月の宮へ帰る。維月、また来るよ。」
維月は頷いた。
「ええ。待ってるわ。」
レキヤも立ち上がった。
「では、我も。結界を強化せねばならぬの。まさかと思うてこちらへ来てまだそこまで手を加えておらなんだゆえ。」
十六夜は、レキヤを見た。
「油断は禁物だぞ、レキヤ。結界はしっかり張って置けよ。じゃあ、また連絡する。」
二人は出て行った。そして、維心と維月は、残された居間で、顔を見合わせた。
「…維月…やっと邪魔者達が帰ったの。記憶が戻ってこの方、主と早く二人になりたいとイライラしておったわ。」
維月は、抱き寄せられながら苦笑した。
「まあ維心様…そのようなことをおっしゃってはなりませぬわ。此度のこと、丸く収めようと皆奔走してくれておるのでありまする。」
維心は維月を腕に、嬉しそうに微笑みながら言った。
「我はの、イスリークの記憶しかない時に、維心にならねば主に愛されぬと苦しんだ。維心とは、それほどに完璧な神なのかとの。」と、クックッと笑った。「何が完璧なものか。ただの一人の神であるのに。ほんにまあ、皆が大袈裟に語るゆえ、どれほどに大した神なのかと思うたわ。」
維月は維心を見上げた。
「維心様ったら…ただの神ではありませぬわ!維心様は、私にとってただ一人の神でありまする。他はただの神でありまするが。」
維心は、維月の髪を撫でた。
「おお、そうよの。主はいつなりそう申す。なので我は、それに騙されてしもうたわ。主がそれほどに愛する神なのだから、との。記憶を戻して良かったことよ。」と、維月の頬に触れた。「此度は我も、イスリークとして人の世と関わって成長し、人の世のことも分かるゆえ、主らに手間を取らせることも少なくなるであろう。此度は幼い頃の主にも会えたことであるし…ほんに愛らしい子であったわ。」
維月は、赤くなった。
「…人として育っておりましたので…何も知りませず、お恥ずかしい限りですわ。」
維心は頷いた。
「ああ、良いわ。それでも、我らはあの時に婚姻を約したであろう?」維心は、維月に唇を寄せた。「こうやっての…。」
維心は、維月に口付けた。黄泉も含めて2千年の間、こうして共に来た維月。それでも、まだ足りぬ。もっと傍へと、思う気持ちが止められぬ。
二人はずっとそうして、抱き合っていた。




