終息させるため
維月が、シザルについて王の間へと再び入って来ると、そこにはルイとシンタが居た。シンタは、先ほどの威勢はどこへやら、すっかり力なくこちらを見た。維月はそれを無視して、ルイの方を見た。
「…炎嘉様…。」
ルイは、それを嬉しそうに見て維月に手を差し出した。
「おお!維月よ、記憶を戻したか。我が分かるか?維心のことは案じずとも良いぞ。傷は深かったが、命に別状はないゆえの。さあ、こちらへ。我が龍の宮へ連れて参ろうぞ。」
維月は頷いて、その手を取った。ルイはそれは嬉しそうに維月を見た。
「この気…覚えがある。昔と同じよの。ささ、軍を退かせねばならぬ。参ろう。」
ルイは、維月の手を引いて、シンタを見た。
「ではの、シンタ。まずはめでたいと申したいが、思わぬことで水を差してしもうた。後はつつがなく婚姻を済ませるが良い。ではの。」
シンタが頷くのを見てから、ルイはそこを出て行った。
ルイに抱き上げられて、維月は夜空へ飛び上がった。ルイは言った。
「このまま龍の宮へ連れ参る。義心が待っておるゆえ、まずは事の次第を話さねば。」
維月は、ルイを見た。
「はい。炎嘉様…よくお戻りくださいましたこと。前世では蒼がとてもお世話になったようで…炎嘉様が残ってくださっていなければ、あの子は全くの独りきりになる所でした。」
ルイは苦笑した。
「いや、それでもあれより数百年で我も寿命が来てしもうた。なので、蒼を一人残さねばならなくなって、必ず戻ると約したのに。時間が掛かってしもうたの。」
維月は首を振った。
「いいえ…本当に炎嘉様には、面倒ばかりをお掛けして…心苦しゅうございます。」
ルイは、木の影でピタリと止まった。
「ならば維月…今生は我の妃になるか?そろそろねぎろうてくれても良い頃。そうではないか?」
維月は、困ってルイを見上げた。
「…炎嘉様…それは…。」
ルイは、維月に口づけた。そして、微笑んだ。
「冗談よ。わかっておる…記憶がある限りは無理よな。なので、我はこれで良い。」
ルイは、再び飛び上がった。そして、龍軍で待つギリシュの元へと飛んで行ったのだった。
ルイは、さも本当の事のようにあの、美奈をシンタが望んで連れ去ったこと、維月は美奈の侍女だと思うて連れて来て、どうしようかと途方に暮れて困った末に攻め込まれ、やむにやまれず応戦したこと、などを皆の前でギリシュに話した。他の軍神はそれで納得したようであったが、ギリシュにはわかっていただろう。これは、場をおさめて神の世を納得させるための作り話だと。しかし、ギリシュはさも納得したように頷いた。
「ならばこちらにも非があることゆえ。此度は痛み分けと言うことでありまするな。しかし、判断は我が王がなされる。王も傷を負っておられるゆえ…どの様にご処断なさるかは分からぬが、これ以上大事にはならぬであろう。ルイ様、ありがとうございました。」
ルイは頷いた。
「では、道中何かあっては、預かった我の責になるゆえ。龍の宮までこのまま参ろうぞ。イスリーク殿の様子も気になるしの。」
ギリシュは、頭を下げた。
「は!では、我らと共に龍の宮へ。」
ギリシュは、サッと合図した。全軍が、きれいに並んで後ろへ従う。
そして、ルイは自分の軍神数人のみを共に従え、維月を抱いて龍の宮へと向かった。
十六夜はそれを密かに見届けた後、ミリオナのある白虎の宮へと向かったのだった。
宮へ戻った維月とギリシュに、洪が慌てて出て来て言った。
「おお!王妃様、ご無事であられましたか!王はお気を失われる直前まで王妃様のことを案じておられ、ただ今はうわ言で何度もお名をお呼びになられて…。」
維月は、顔色を変えた。
「ああ、イスリーク様が!そんなに傷は酷いの?!」
洪は首を振った。
「いえ…傷の方は塞がり始めておりまする。王はかなりの強靭なお体をお持ちであられるので。なのに、意識が戻られないのでありまする。」
維月は、ルイの手を離れて走った。
「奥の間へ参るわ!」
ギリシュとルイ、洪も慌てて後を追った。
「維月様!そのように走られては、また…!」
ギリシュは、義心としての記憶が叫ぶのを聞いて思わず言った。思った通り、維月は着物に足を取られてひっくり返った。しかし、サッと手を出したルイに、受け止められた。
「なんと危ないの、維月。変わらぬなあ、ほんに。」
ルイは、維月を抱き上げて軽く浮いて飛んだ。その方が速いのだ。
「…炎嘉様?」
洪が呟く。ギリシュが頷いた。
「その通りよ。炎嘉様は、此度のことをおさめてくだされた。」
洪は、涙ぐんだ。
「なんと!心強いことよ。こうして皆がお戻りになられて…。」
ギリシュは頷いて、その後を追った。この上、我が王さえお戻りになられたら…。
「イスリーク様!」
先に居間の扉に入った維月が、叫びながら奥の間へと駆け込んで行く。ギリシュはそれについて、奥の間へと入った。イスリークは、広い寝台に横になり、眉を寄せて息を荒くしていた。見たところ、確かに頭の傷ももう塞がっていてきれいになっていた。切り傷があった手足も、もう全く跡も残っていない。それでも維月は、涙を浮かべながらイスリークの手を握った。
「イスリーク様…!お気を確かに!帰って参りましたわ!」
険しく寄せられていたイスリークの眉がフッと緩んだかと思うと、薄っすらと目を開けた。それを見た洪が言った。
「王!ああ、お気が付かれましたか!」
イスリークは、維月を見て、握っていた手に力を入れた。
「戻ったか…我は、主を助けてやることが出来ず…。」
維月は首を振った。
「そのような!助けに来てくださったではありませぬか。」と、イスリークの頬に頬を寄せた。「ああ…良かったこと。気が気でありませんでした。ずっと案じておりました…!」
イスリークは、維月を抱き寄せた。
「ああ美月、愛している…。我は、主の愛す維心ではないが、それでも主を…。」
維月は、涙を流して首を振った。
「何をおっしゃるのですか。記憶を戻しておらぬ時でも、私は愛しておりましたのに。今でも、愛しておりまする。このイスリーク様という命を、あなたを構成する全てを愛しております。いつの時も、生まれ変わるたびに、私は記憶のないままあなたを愛して参りました。記憶など、無くとも良いのですわ。」
イスリークは、涙ぐんで維月を抱く手に力を入れた。
「美月…我も恐らくそうなのだろうの。この身の内から、主無しでは生きては行けぬ…。」
不意にイスリークは、苦しげに眉を寄せた。維月が慌ててイスリークを見た。
「イスリーク様?!どうなさったのですか、どこかお苦しいのですか?」
イスリークは、息を乱した。
「…何か、来る…!」イスリークは、目を上げてじっと見守っているルイを見た。「…炎嘉…?」
ルイは、驚いた顔をした。
「維心?!」
イスリークは頭を押さえた。そして、ゆっくりと視線を動かした。
「義心…」と、洪を見て、「洪。」
二人は頭を下げた。
「王…!」
そして、イスリークは維月を見た。
「おお維月…!我の宿命の妃よ。」
維月は、涙を流してイスリークを見つめた。
「あ…維心様…?!」
イスリークは、頷いた。
「なぜに我は思い悩んでおったものか。主は我がどんな風に転生しようとも、我を愛してくれるよの。維月…維月…我らは永久に共よ。」
維月は頷いた。
「はい。」と、イスリークの胸に飛び込んだ。「ああ維心様…!」
イスリークは、その時維心を取り戻した。
そして、かつて滅びたこの神の世に、かつてこの地を守り君臨した神達が戻ったのだ。




