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監禁

十六夜は、維月の声に顔を上げた。蒼が、その様子に眉を上げた。

「十六夜?どうしたんだ。」

十六夜は、険しい顔で月を睨んだ。

「…くそ!まさか今、何かを仕掛けて来るヤツが居るなんて思わなかった!」

蒼は驚いた顔をした。

「なんだって?誰が何をしたんだ。」

蒼も、月に意識を向けた。長く月をやっていたので、あの頃よりずっとすんなりと月を使う事が出来るようになっていた。

「母さんと…誰だ?」

「オレの母親だ。」十六夜は、立ち上がった。「取り返して来る。」

そして窓へ向かい、はたと足を止めた。蒼も立ち上がった。

「十六夜、今…!」

十六夜は、舌打ちをした。

「膜だ!」十六夜は飛び上がった。「なんだって仙術なんかを知ってやがるんだよ!」

蒼は、月へと戻って行く十六夜を見ながら、思い出していた。この気を遮断する膜には、皆翻弄された。気を探って人や神を探す自分達には、目隠しされた状態になり、厄介でどうしようもないものだった。

「また、戦になるのか…。」

蒼は、ポツリとそう呟いた。神が増えるということは、こういった事も起こるリスクを伴う。それを押さえ付け、太平の世を保っていた龍王ですら、最後にはその負の感情の闇に命を捨てて立ち向かわねばならなかった。

蒼は、その繰り返す世に、不死の身を呪っていた。


「イスリーク!」十六夜は、いきなり居間へ踏み込んで叫んだ。「維…美月がさらわれた!西の方角で、気を遮断する膜に入って場所が詳しくわからねぇ!あっちはシンタに与えた場所だったな?!」

イスリークは、目を見張った。

「さらわれた?!主は何をしておった!」

「…すまねぇ。母上に会いたいというから、あっちへ預けていたんだ。夜には戻るつもりだった。まさか、こんな時に仕掛けて来るヤツが居るなんて思わなかったから…。」

イスリークは、拳を震わせた。では、やはり美月は我を呼んだのだ。気のせいなどではなかったのに。

「…シンタ。おとなしくしておる神だったが、我の力を恐れておるだけのようだった。いつなりあの目に、何かの野心を感じたものよ。恐らく、この移住の混乱に乗じて攻めるつもりでおろうの。」と、声を上げた。「我の甲冑を持て!宮に一万、後は我と共に西へ向かう!」

途端に慌てふためいた侍女達が、甲冑を手に駆け込んで来た。宮は上を下への大騒ぎになった…まさか今、出撃の命が下るなど、誰も思っていなかったからだ。

イスリークは、甲冑を身に着けながら宮を走った。十六夜がそれについて行きながら、慌てて言った。

「ほんとにシンタなのか?!だとしたら何の準備もなくこんなことは仕掛けて来ねぇぞ!」

イスリークは答えた。

「わかっておる。」と、声を上げた。「ギリシュ!居るか!」

ギリシュが、素早く来て膝をついた。

「御前に、王。」

「主、先頭に立て。」ギリシュは顔を上げた。「我はまだ、こちらの地に明るくない。主、記憶を戻したであろう。」

ギリシュは驚いた顔をしたが、頭を下げた。

「は!」

十六夜は、ギリシュを見た。維心に仕えた最強の軍神、義心。確かに記憶が戻ったなら、これほどに優秀な者は居ない。それにしても、前世あれほどに葛藤した義心が、それでもやはり維心の側へと望んで転生したのか。しかも、記憶を持ったまま…。

イスリークは、叫んだ。

「我が正妃が囚われた!我に仇なす者は、討ち滅ぼしてくれる!ついて参れ!」

瞬く間に龍身をとった維心は、同じく龍身になったギリシュと並んで、夜空を西、虎の宮へ向けて飛び立った。


維月は、冷たい何かが頬に押し付けられている感覚で目を覚ました。

「美月ちゃん?!気が付いた?」

美奈の声に、維月は我に返った。冷たいのは床で、自分は床の上に転がされていたのだ。慌てて起き上がろうとして、自分が後ろ手に縛られているのに気が付いた。美奈は側に、後ろ手に繋がれて座っていた。それが、気の筋で作った縄で繋がれているのは、維月にもわかった。

「ここは…。」

維月は、回りを見回した。その部屋の回りに薄い黄色い光の膜が見える。

「わからないの。」美奈は言った。「私はここに土地勘がないから。でも、イサヤが気を探って助けに来てくれるわよ。」

維月は、首を振った。

「無理ですわ。」と、黄色い膜を目で示した。「あれには覚えがあります。昔の仙術で、気を遮断する膜なのです。でもきっと、月から見ていてくれたはず。気を探れなくても、だいたいの場所はわかっておりますわ。」

美奈は、思いの外落ち着いたように頷いた。

「美月ちゃんだけは、どうしても逃げてもらわなければ。私はイエン様に会えるのですから、死すら怖くありませぬが、あなたは…。これから、この地を繁栄させて参らねばならぬのに。」

維月は、言った。

「美奈様、一緒にここを出るのですわ!殺されてなんて、イエン様は望まれておりませぬ。」

美奈は、下を向いた。維月がさらに続けようと口を開くと、戸が開いて、30にはまだならないぐらいの外見の若い神が入って来た。もたろん、神は長く生きるので、人のそれとは違うのはわかっていた。その後ろには、自分達をさらった軍神が控えていた。

その男は、口を開いた。

「…ミリオナの元王妃、美奈殿。我はマーラスの王、シンタ。これは我の軍神、スーラ。我ら、この混乱の時にと、世に異議を申し立てたいと思うての。」

美奈は、シンタを睨んだ。

「私をこのように繋いで、異議とは?正々堂々と言えば良いではありませぬか。」

シンタは、ふんと鼻を鳴らした。

「余裕のある者は違うの。己の息子が助けに来るとでも思うたか。無駄ぞ。ここは…」

「気を遮断する膜に覆われているのよね。」維月が、横から言った。「どうしてこの仙術を知ったの?これは、もう1200年以上前から使われていなかったはずよ。」

シンタが、驚いたような顔をして維月を見た。

「変わった気の、気の強い女。確かにそうよな。」と、シンタはスーラにちらりと視線をやってから言った。「主は何ぞ?我は主のような気、初めてぞ。どうにも我には、誘われておるように思えてならぬ。」

維月はぶんぶんと首を振った。

「これっぽっちも誘ってなど居りませぬ!この気は、月の気。私は陰の月。」

シンタは、維月の顎に手を掛けた。

「ふーん、人の気も混じるが、これは月の気か。なんと珍しい。確かに拾いものをしたの、スーラ。」

美奈が、慌てて言った。

「月からは逃げ隠れ出来ませぬわ!月は対になっておりまする。これは陰。しかし陽がおります。大きな力を持った、陽の月が、間違いなくこの陰の月を取り返そうとやって来るはず。どんなに隠れても、月からは見えておるのですから。」

スーラが、ハッとしたような顔をした。

「…ゆえに、この女はあの時月に向かって叫んだのか。」

美奈は、頷いた。

「見ておったはず…逃れておるのなら、それは主らの様子を見ておるのか、策を練っておるのかでありまするわ!」

その時、後ろの戸が勢いよく開いた。

「王!」

シンタは、維月から手を離して面倒そうにそちらを半分振り返った。

「何ぞ?騒がしいの。」

その軍神は、まだ興奮冷めやらぬ様子で急いで言った。

「龍が!龍が攻めて参りまする!数は二万。先頭は、ラミエ王!」

シンタは慌てて振り返った。

「…なぜに龍が来る!これは、ミリオナの元王妃ではないか!」

その軍神は、答えた。

「…それが、偵察に行かせた者達の報告によりますると、ラミエ王は妃を取り返すと烈火のごとく怒っておると…!」

「妃だと?」シンタは、振り返った。まさか、この月がラミナ王の妃なのか。「主、ラミエナの王の妃か?!」

シンタは、乱暴に維月の肩を掴んで言う。維月は、頷いた。

「…私は、イスリーク様の正妃です。」

「侍女と言うたのではないのか!」

スーラが叫ぶ。シンタは、放り投げるように維月を離すと、舌打ちをした。

「…ぬかったわ。あやつに先に気取られるとはの。」と、スーラを見た。「良い。準備してあった策を使おうぞ。参る!」

「は!」

シンタとスーラは、慌ただしく出て行った。

維月は、窓の外を見た。維心様が来た。前世と同じ…記憶を失ったまま、私を助けに来た維心様。そして、その時の鳥族を、文字通り根絶やしにしてしまわれた…。

維月は気が気でなかった。策を講じてあると言っていた。維心様、十六夜、どうか無理はしないで。私は死なない。この身が滅んでも、月へ帰るだけ…。

イスリークと十六夜は、もう虎の宮を臨む位置にまで到着していた。

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