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宮の準備

イサヤは、十六夜という人格とイサヤという人格が変わりないことに驚いていた。全ては、魂が覚えて転生してきたもの。イサヤでしかなかった時の自分は、無意識のうちに十六夜の記憶の指示に従って生きていたような気がしていた。王という地位に就くような気がしなかったのも、恐らくそのためだったのだろう。

軍神達が、白虎の宮の片付けをそつなくこなしているのを見ながら、イサヤはそんなことを考えていた。

そこは、かつて白虎族が君臨した場所だった。

十六夜の記憶は、ここの王、志心のことを覚えていた。穏やかで、維月を望みながら果たせず、それでも、維心や維月の友人として紳士的に接していた。その志心も、もう居ない。1200年前に蒼が、王族だけはと志心を一族の墓所に葬ったのだと聞いていた。他の白虎達も、亡骸すら残ってはいなかった。全て塵に還り、宮だけが白く美しく残っていた。

ライナが、膝をついて頭を下げた。

「イサヤ様。朽ちた内部の布や寝台、それに調度は皆外へ出し、中は埃にまみれてはおりまするが、取り合えずの片付けは終わりましてございます。」

イサヤは頷いた。

「後は国から侍女侍従を呼び寄せて清掃させよ。軍神達は、直ちに国から調度などを運び入れる手配を。」

ライナは、また頭を下げた。

「は!」

隣のレキヤが、感慨深げに言った。

「なんと頑強な宮か。国の城とは比べ物にならぬ。こちらの神達は、どれ程に優れておったのだろうの。」

イサヤは、レキヤを見た。

「古くからここを守って生きた神の宮よ。あの霧の大量発生さえなければ、今でも繁栄しておったであろうにと思う。」

レキヤは、イサヤを眩しげに見た。

「イサヤ…やはり主が王なのではないのか。気もそうだ。月であっても良い。未来永劫ここを守れば良いではないか。」

イサヤは、苦笑した。

「レキヤ…月は全てを守るんだよ。ここだけに特化して良いわけはねぇ。オレは、前世の記憶を戻した。以前のイサヤとは違う…本当なら、十六夜と呼んで欲しいぐらいだ。イサヤは、死んだ。あの体が滅んだ時にな。」

レキヤは、残念そうにため息をついた。

「やはり駄目か。主は頑固であったしの…昔からぞ。あの、美月のことでもわかる。誰に反対されても、主は国へ戻らなんだものの。」

イサヤは笑った。

「そうだな。あれも前世の記憶のせいだと今はわかる。維月はオレの対の命なんだからな。」

「維月?」

レキヤは、不思議そうな顔をした。イサヤは首を振った。

「いや、今は美月か。どっちでもいい。名前なんて関係ないんだよ。」

イサヤは、暗くなり始めた空に現れた月を見上げた。オレの命…何より大切な、維月…。陰の月…。


イスリークは、龍の宮へ軍神達の半分と、重臣達を連れて到着していた。洪が、頭を下げた。

「王。お待ち申し上げておりました。」

イスリークは頷いた。

「こちらは我の重臣筆頭、チョウアよ。」

チョウアは、少し緊張気味に進み出た。洪は、その顔を見て、固まった。

「主…兆加ではないか?!」

チョウアは、困ったような顔をした。

「いえ、チョウアでありまする。しかし…洪殿、我は主と初めて会うた気がせぬのだが。」と、回りを見回した。「この宮も。何故か懐かしく、見た瞬間よりこう、涙が出て…。」

洪は、頷いた。

「さもあろうの。我らは前世、共に王をお支えした重臣であった。共に記憶を持ったまま転生し、龍の宮を守ろうと約して戻ったのに、主は居らぬでな。案じておった…主は記憶をとどめられなんだのだな。ほれ、公李よ。覚えがあろう?」

後ろから、同じように転生していた公李が目を潤ませて進み出た。

「兆加よ…再び会うことが出来るとは。しかも、我らが最強の龍王を、ここへ再びお迎え出来るとは…!」

チョウアは、涙を流した。

「ああ、なぜに覚えておらぬのか。しかし、見覚えがあるのだ。」

三人は、しばらく手を握り合って涙を流した。イスリークは、その三人に覚えのある自分に、もはや疑いはなかった。自分は龍王…維心であったのだ。

「主らで良いように決めよ。」イスリークは、身を翻した。「我は我が妃に会いに参る。いつまでも月の宮へ置く訳にもいかぬし、侍女侍従が揃うたらこちらへ連れて参る。なので早よう体勢を整えて欲しいものよの。」

そこに居た、臣下達は皆頭を下げた。イスリークは、記憶のない自分が、元居た臣下達の期待に沿えるのかと思ったが、出来る限りのことをしていこうと決心していた。

月の宮へと飛ぶと、蒼が出迎えてくれた。

「イスリーク、そちらはどんな具合か?今、イサヤは報告してくれたがな。」

イスリークは、イサヤが来ているのか、と少し落ち着かなかった。美月に会えなくなる…。

そう思ってから、なぜ会えないのか、と考え直した。おかしなこと。

「…臣下達は滞りなく対面し、これからよな。明日には侍女侍従を呼び寄せる。後は、宮の外の住居か。」

蒼は、イスリークと歩き出しながら言った。

「そうか。やはり宮が始めから綺麗になっておると違うの。イサヤの方は、明日侍女侍従が来たら清掃だと言っておった。移住までは、まだ時間が掛かりそうだの。」

イスリークは頷いた。

「こちらは、後は臣下達に任せれば済むことであるからの。しかし、ミリオナの方はそうは行くまい。王は亡くなったが、前王妃がまだ残っておるし、それをこちらへ移すとなると宮も綺麗にしておかねば。」

蒼は驚いた顔をした。

「ということは、それはイサヤの母上ではないのか?」

イスリークは頷いた。

「そうだ。我の亡くなった母は、イサヤの母の妹だった。我らは従兄弟同士ということになるな。」

蒼は、感慨深げにイスリークを見た。

「そうか…どうも主らは、近しい間柄であるの。そのように間近に転生するとは。」

イスリークは、歩きながらどこへ向かっているのか分かった。この先、奥宮のさらに奥に、並んである対の一つ…そこは、自分用に建てられた対。イスリークには、それが当然のように分かった。

「…我の対か。」

蒼は振り返った。

「思い出したのか?」

イスリークは首を傾げた。

「果たしてそうだと言っていいのかどうか。しかし、当然のように分かる。主が、我のために建てたものだとの。」

蒼は、笑った。

「その通りよ。この宮は、維心様が我々のために建ててくださったもの。だが、設計の時に我が、いつも我の母上の里帰りの時に追って来られる維心様のためにと、専用の対を作った。我の母上の名は、維月。つまり、美月は母上の生まれ変わりということよ。」

イスリークは苦笑した。維心という前世の我は、どれほどにその維月を追い掛け回しておったのか。里帰りにまでついて回っておったとは。

「前世とはいえ、恥ずかしいことよ…我は里帰りにまで追って参っておったのか。」

蒼は、フッと笑ってイスリークを見た。

「ほう。主、今生ではまだあまり美月と共に居らぬの。それほどに深い愛情はないのではないか?イサヤなど、戻ってずっと美月にべったりぞ。あれはあれで、前世に比べて少し愛情深すぎるのではないかと思うが。」

イスリークは、眉を寄せた。

「ずっと?」と、踵を返した。「我の対は分かっておるゆえ、後で良い。美月はどこぞ。我の妃なのだ。イサヤは正式に妃にしておるわけではない。我はあれの両親にも承諾を得て臣下達にも報告したのだからの。それをずっと傍に置いておるとはどういうことぞ。」

蒼は驚いた。一瞬、維心に見えたのだ。

「イスリーク?」

しかしイスリークは、慣れたように横へそれて回廊を、十六夜と維月の部屋へと向かった。

「美月を迎えに参る!」

イスリークは去って行った。蒼はその背中を見て笑った。全く変わっていない…やはり維心様だ。

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