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龍の宮

龍の宮は、静かにそこにあった。

王の血族は地を守るため、戦を終わらせる為に全ての力を放出し、戦を終わらせた後に命を落とした。

今はかつての繁栄も無く、生き残った僅かな龍達が、細々と蒼に守られて生きていた。それでも終戦直後に比べたらまだ増えたほうで、宮を守って慎ましく暮らしていた。

南や西の砦は守る軍神も居らず荒れるに任せるしかなかった。時々に手入れに出掛けるが、今は襲ってくる神すら生き残っていない。

無人の砦も、誰に侵攻されることもなくそこにあった。

洪は、己の前世を覚えている数少ない龍だった。

転生の際、龍の窮地を知り、必ずや立て直すと己のなけなしの気を使ってその記憶を持って生まれた。ここには、そんな龍達が多かった。

しかし、あれほどまでに敬愛していた龍王、維心には、あちらの世でも会う事は出来なかった。維心の魂の格は誰よりも高くなり、違う黄泉に居たからだ。命を捨てて皆を救った龍王…。

洪は、維心が戻ってくれぬかと心の底から願っていた。しかし、もう一度転生し、また王座に就いていたあのかたが、またここへ戻るなどとは思えなかった。維心も維月も十六夜も、もう転生しなくても良いとされて黄泉で幸せに暮らしているだろうからだ。

わざわざ、このように荒れた世に戻られるとも思えぬ…。

洪は、もう数百年待ち続けて、諦めていたのだった。

侍女が入って来て、告げた。

「月の宮の蒼様が、こちらへ来られます。」

洪は頷いた。蒼は、まるでかつての維心のように、もう千数百年を生きている。そして、たった一人で地を守っていた。こちらも、あの折蒼が守ってくれなければ全滅していたことだろう。洪は立ち上がって、出迎えの為に到着口へと急いだ。


イスリークは、美月を抱いて蒼について龍の宮へ到着していた。

上空から見る龍の宮は、懐かしいという思いと、知っているものよりも寂れてしまっているのが哀れだという思いが、胸の奥から湧き上って来て不思議な思いだった。

ふと見ると、美月がぽろぽろと涙を流していた。

「美月…どうした?」

イスリークは、美月に頬を寄せる。美月は首を振った。

「なぜだか分かりませぬ。ただ、哀れに思いまする…なぜでしょうか。」

美月の口調が、僅かの間に変わって来ている。イスリークは、もしかして前世の記憶が戻りつつあるのかも知れないと思った。やはり、我らは記憶を持って転生して来ておるのか。龍の宮へ入れば、思い出すのか…。

蒼が黙って到着口らしい所へと降りて行く。イスリークも、美月を抱いてそこへ降り立った。

「蒼様、ようこそお越しくださいました。急なことで、何もご準備出来ませず…。」

蒼は微笑んだ。

「良い。洪、大事なかったか?」

洪は頷いた。

「はい。宮は相変わらず平穏でございまする。」と、傍らに立つ二人を見た。「そちらは…。」

洪は、息を飲んだ。この「気」…。王の気。間違いなく、我が前世存命の折り感じ続けた、強大な、我が王の気!

「おお」洪は涙ぐんだ。「おお、我が王よ。なんと、お帰りあそばしましたのか…。」

イスリークは、洪を見て、何かが頭の中で弾けたような気がした。知らない龍。なのに、洪のことは知っているような気がする。

「洪…?」美月が、洪を見て呟いた。「ああイスリーク様、私は覚えがございます。」

イスリークは頷いた。

「我もよ。」と、洪に向かい合った。「洪、我は転生したのだと月の宮で聞いた。しかし、記憶がないので本当にそうなのか分からぬのだ。しかし、主のことは覚えがあるぞ。」

洪は何度も頷いた。

「はい、王よ、王妃様よ。」と、二人の指を交互に見た。「その指輪が何よりの証。前回の転生の折も、それをお持ちになってお生まれになりました。それは我が王が、たった一人の元、人であった妃のために、人の世で買い求められたもの。婚姻の証。いつまでも共にと。我は覚えておりまする。王は何よりも維月様を愛しておられました。」

美月とイスリークは、自分たちの指を見た。自分達は、やはり一緒に居て愛し合っていたのだろうか。今は、そこまで深く想い合っている訳ではないのかもしれないけれど…。まだ、再会したばかりだから…。

美月が黙っていると、蒼が言った。

「維心様が転生したのは、我もそうだと思っておる。だが、まだ記憶が戻っておらぬ。今は北のラミエナという国の王をしている、ルーク・イスリーク・ラミエという。それで、そのことについて話があるのだ。宮の龍達を集めてくれぬか。謁見の間で良い。」

洪は頭を下げた。

「はい。では、早急にご準備致しまする。我が王よ、蒼様よ、それでは、準備が出来まするまで、王のお部屋でお待ちくださいませ。」

蒼は頷いて、洪と離れて歩いて行った。イスリークと美月は、それに付いて歩きながら、初めてではないその宮の中を、その自分達の記憶にためらいながら見ていた。


最奥の王の居間へと足を踏み入れたイスリークは、そこを見て息を飲んだ。これは、我の城の部屋とそっくりだ。我の代になって、我の良いようにと設え直させたら、こうなった…。

蒼は、振り返った。

「何か、思い出したか?」

イスリークは、ハッとして振り返った。

「…いや、何も。だが、ここは我の城の居間と全く同じ設えぞ。ここまでの道のりも、知らぬはずであるのに、慣れた道のように思うた。しかし…寂しくなってしもうたの。そんな印象ぞ。」

蒼は頷いた。

「龍の数は、あの頃の100分の1にも満たぬのだ。これでも増えたほうぞ。宮の中で仕えるのは100人ほど、宮の外で住んでおるのはまた100人ほど。維心様が存命の時は、ここには500人以上の龍が仕えておって、宮の外には3万の龍が居た…軍神達も含めての。今は、軍神が100人ほどしか居らぬのでな。」

イスリークは、数百年前の戦の爪痕の深さに視線を落とした。それならば、謁見の間に集めても、龍は皆収まるの。

「複雑な気持ちぞ。我のラミエナには、今正に3万の龍が居る。それがこちらへ入って…良いものかの。」

「それを、今から皆に問うのだ。」蒼は言った。「我は龍ではないのに、王の代わりをしておった。だが、離れておるゆえ細やかなことも出来ぬであろう。臣下達は皆で話し合って決め、それをわざわざ我に聞いて来るという形で政務を行なっておったのよ。これからは、回りの空の宮に主らの地の神達が大挙してやって来る。政務が複雑になって来よう。主が居らねば、その地の神達の関係も分からぬ状態ぞ。誰かが治めねばならぬのだ。」

イスリークは、黙って頷いた。自分がしなければならないのなら、やる。しかし、ここの龍達は我を王と認めるのだろうか…。


洪が呼びに来て、謁見の間へと三人は(いざな)われた。

正面の玉座には結局誰も座らず、蒼が立って、龍達に向かった。

「突然に呼び出して驚いたことと思う。さて、ここに居るのは北の地を統べる王、ルーク・イスリーク・ラミエ。主らも気を見て分かると思うが、龍族ぞ。あちらで、あの戦のあと発祥したと言われておるが、詳しいことは分かっておらぬ。今、その地の王が、あちらの地が人の世の毒に汚染されつつあるのを受けて、こちらへ移住して来ようとしておる。主らも知って通り、こちらには他の神達が統べておった空の宮が多数ある。そこを整備し、あちらの地の皆を移そうと思うておる。このイスリーク殿は、最初他の神の宮と領地を言うておった。しかし、イスリーク殿は龍族の王。我は、この龍の宮へ入って、ここからこの地を守って欲しいと考えておるのだ。」

皆がざわざわとした。皆、王が不在なのが長く続き、不安であったのは事実だった。ここへ、龍族がやって来る。同じ龍…。

洪が口を開いた。

「蒼様、そちらには龍がどれぐらい居るのでありましょうか。」

蒼はイスリークを見た。イスリークは洪に言った。

「あちらには、3万の龍が居る。大半は軍神ぞ。宮には、500の龍が仕えておる。」

皆が、おお!とどよめいた。それは、全盛期の龍の宮と同じ…。

洪は、回りの臣下達と何やら話した。そしてすぐに言った。

「我らに異存はございませぬ。イスリーク様の気は、我らが龍王、維心様と全く同じもの。王と頂くのに、これ以上のかたがおりましょうか。我ら、龍族、こちらへ王をお迎えすること、心強く感じまする。」

蒼は、またイスリークを見た。イスリークは、決心したかのように頷いた。

「では、我はここへ龍達を連れて入ることとする。臣下の序列などは追って決めて参ろうぞ。あちらは一刻を争っておるゆえ、早急に準備を進めよ。応援を寄越すゆえに。」

洪は頭を下げた。

「はは!王、お待ち申し上げておりまする。」

イスリークは頷いた。そして、美月の手を取った。

「これは、我が妃美月。こちらへ連れて参るゆえに。」

洪は大きく頷いた。

「さもありましょう。お部屋のご準備も抜かりなく申し付けておきまする。」

蒼はホッとした。これで、龍族を守って来たオレの責務もなくなった。月の宮だけに結界を張って、守って行くことが出来る。

「では、早急に事を運ぶ。あちらは命の気の枯渇が近い。皆も、今から空き部屋や空き屋敷の手入れを初めてもらいたい。」

皆が頭を下げた。蒼はイスリークに頷き掛けて、また月の宮へ向けて飛び立ったのだった。

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