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イサヤと美月

二人は二十歳になっていた。

イサヤはこちらの国の事を学び、すぐに慣れた。幼稚園の頃は、あまりに幼い回りの反応に戸惑って、お遊戯や発表会の時はとても恥ずかしそうだったが、小学生になって、中学生になってと過ぎるうちに回りとすっかり馴染んで、見た目の並外れた美しさと、身体能力の高さ、決して間違えない試験の解答の他は、話し方まで他の同い年の男子と変わらないようになった。

今日も、誘われて行った大学のバスケのサークルの練習試合で軽々とダンクを決めて、女子達の黄色い悲鳴を受けていた。

「きゃー!カッコいいわ!ほんとに黎貴くん、すごい!」

隣で佐伯結菜が叫ぶ。結菜は美月と高校からの友達で、同じ大学を受けると聞かず、共に来た同級生だった。

イサヤは皆に黎貴と呼ばれていた。日本人に馴染みのある音で、幼稚園の先生がそう呼び出して、そうなったのだ。

美月はため息をついた…そりゃあね、イサヤは飛べるんだもの。

美月は知っていた。幼い頃から共に遊んだからだ。最初に見たのは、初めて屋敷へ遊びに行って、鬼ごっこをした時。まだ四歳だった美月は、そんな子も居るんだとただ感心しただけだったが、そうでないのは後で知った。なので誰にも言わないようにして来た。

イサヤは他に、枯れた花を咲かせたり、人の傷を治したり、自分の怪我に至っては、すぐに治った。

そもそも怪我自体することがなかったからだ。

だが、小学生の時に二人で出掛けた買い物の途中、美月が暴走する車に轢かれそうになった時があった。

その時は、イサヤは美月に飛びついて庇い、車は不自然に吹き飛ばされて横転して道路の真ん中へ転がった。

飛びついた拍子に擦り傷を負ったが、その時の傷はすぐには治らず、美月は泣きながら毎日イサヤの所へ通った。

「ごめんね、私がぼんやりしてたから…イサヤ、しっかりして。」

泣きながら言う美月に、イサヤは言った。

「大丈夫だ。擦り傷を負っただけじゃねぇか…寝てるのは、力を使い過ぎたからだ。まだ子供だってのに、一気に力を放ち過ぎた。お前が怪我をすると思ったら、咄嗟に加減が出来なくてな。気にするな。」

美月はそれでも泣きながら、イサヤの手を握ったまま言った。

「助けてくれて、ありがとう。ごめんね、イサヤ。」

イサヤは笑った。

「もういいって言ってるじゃねぇか。」

美月はイサヤを見た。イサヤは穏やかに微笑んでいる。初めて会った時に見た、あの不機嫌そうな顔は、ついぞ見なくなった。美月はイサヤの手に頬を擦り寄せた。

「ううん、私が悪いの。何をしたらいい?お水、持って来ようか。」

イサヤは笑った。

「そんな事はライナがする。」と、イサヤは起き上がった。「なあ美月、じゃあ、約束してくれ。大きくなったら、オレの妻になってくれるか?」

美月は泣きながら言った。

「うん。」そして、首を傾げた。「妻ってなに?」

イサヤは苦笑した。そうか、人の7歳は、まだ分からないか。

「ええっと、美月の父上と母上のような感じだ。」

美月はびっくりして言った。

「それって、お嫁さん?」

イサヤは頷いた。

「そうだ。結婚してオレの国へ一緒に行こう。」

美月は小さいながらに考えた。イサヤのお嫁さんになる…。

「うん。私、イサヤのお嫁さんになる。」

イサヤは嬉しそうに微笑んだ。

「約束だ。」

イサヤは美月にそっと口付けた。美月はびっくりしたが、そのままその唇を受けて、恥ずかしくなった。


…また回りの悲鳴が聞こえて、美月はハッとして顔を上げた。イサヤが居るチームが勝利して、試合は終わったようだ。嬉しそうにチームメイトとハイタッチをしているイサヤを見ながら、美月は思った。

あれって…私のファーストキスだったのよね。7歳よ?いくら外国人で空も飛べるっていっても、すごくませてるわよね。きっとあんな子供の約束なんて、忘れてるとは思うけど。

イサヤがこちらへ歩いて来る。イサヤの学力なら、望めばどこにだって行けたのに、高校も大学も、美月が行くと言った所について来た。女子大に行くと言った時は、本気で反対されて、仕方なく必死にイサヤに教えてもらって勉強して、この国公立の大学に進学出来たのだ。隣り同士でずっと一緒に来て、小さい頃には一緒に眠ったりしたものだけど、最近はイサヤがあまりに眩しく育ってしまって、美月もあのお屋敷にあまり近付けずに居た。それでもイサヤがライナの運転する車で迎えに来て、一緒に登校する毎日は、昔から変わらなかった。本当にまるで兄弟のように、こうして来たのだ。

イサヤが汗をかくこともなく、涼しい顔で美月に歩み寄った。

「待たせたな。帰ろうか。」

隣の結奈が体を固くしたのが分かる。緊張しているのだ。結奈がイサヤを高校時代からずっと見ているのを、美月は知っていた。イサヤがいつも美月の隣に居るにも関わらず、結奈に見向きもしないと、結奈自信が嘆いているのを知っていたので、美月は困った。イサヤ…。

「ごめん、イサヤ。私、レポートの提出期限を間違えてて、今日どうしても出さなきゃならないの。これからパソコンルームに篭らなきゃ。だから、先に帰ってて。」

イサヤは眉を寄せた。

「なんだ、オレも手伝うぞ。」

イサヤが歩き出そうとするのを、美月は首を振って止めた。

「大丈夫よ。今日は電車で帰るから。それより、結奈を送ってあげてほしいの。通り道だから、ね?」

結奈が横で頬を染めた。結奈はとてもおとなしくてかわいらしい子だった。ずっと一緒に来たが、とても気立てもいい。イサヤは外国から来て、始めに会った自分から、きっと兄弟みたいで離れられないだけなんだから…。美月は踵を返した。

「結奈はかわいいから、一人じゃ心配なのよ。じゃあ、お願いね!」

「美月!」

イサヤの声が、戸惑いがちに美月を呼んだが、美月は振り返らずに、パソコンルームへと走った。


本当は提出するレポートも無かった美月なので、しばらく来週提出のレポートの下調べをしてから、久しぶりに電車に乗って、家へと帰って来た。途中、いつもサークルに勧誘して来る、一つ先輩の三島という男に捕まって長く話してしまったので、本当に時間が掛かってしまった。イサヤ…結奈と車の中でどんな話をしたんだろう…。

考えていると、自分がしたことなのに、心が騒いだ。小さな頃からずっと一緒のイサヤ…。幼馴染でなかったら良かった。そうしたら、きっと恋したら素直に好きなんだって分かったのに。

今は、それが家族なのか恋しているのか、美月には分からなかったのだ。

こうして帰ってみると、本当に家から大学までって無駄に時間が掛かる。やっと帰り着いた部屋でぐったりしていると、窓をコツコツと叩く音が聞こえた。

「美月。」

「イサヤ!」

美月は慌てて窓を開けた。まだ明るいのに。誰かに見られたらどうするのよ!

「美月、無事に帰って来たんだな。オレ、待ってるって言ったのに。」

イサヤは窓枠に腰掛けながら言う。美月は下を向いた。

「…ごめんね。私ったら、どんくさいから。」

イサヤは黙ってその様子を見ていたが、不意に美月を抱き上げた。

「な、なに?!」

「オレの屋敷へ行く。」

イサヤは言って、すいっと飛んで自分の屋敷へと向かった。こんなことは小さな頃からしょっちゅうだったので慣れてはいるが、なんだかイサヤが不機嫌な顔をしている。美月はイサヤに言った。

「そんな、急に!携帯も置いて来ちゃったのに、お母さんが心配するわ!」

「ライナに連絡させる。」イサヤは言うと、自分の部屋の窓から、美月を抱いて入った。「美月、聞きたいことがあるんだが。」

イサヤは美月を椅子に降ろした。後ろで勝手に窓が閉まる…これも、イサヤがやっているのは、知っていた。

「な、何かしら。」

美月が恐る恐るイサヤを見ると、イサヤはじっとこちらを睨むように見ていた。

「お前、オレに隠し事をしてるだろう。伊達に小さい時から見て来たんじゃねぇぞ。何を隠してる?」

美月は慌てて下を向いた。どうしよう、バレてる。

「あ、あのう…」

美月が言い淀んでいると、イサヤは更に言った。

「お前の学部のレポートの提出期限を調べたが、今日提出何てなかったぞ。」

美月は顔を上げた。

「結奈は、送ってあげてくれた?」

イサヤは怪訝な顔をしたが、頷いた。

「送った。」そして、グッと眉を寄せた。「お前、まさかオレにあいつを…」

美月はあまりに察しがいいので、驚いて横を向いた。結構恋愛ごとにはなんでも鈍いのに、どうしてこんなことは分かるのよ。

イサヤは立ち上がると机の上に放り出された鞄を開き、綺麗に包装された小さな包みを出した。

「あの女から、これを貰った。」イサヤは、それを美月に投げて寄越した。「あいつは前の学校の時から、オレに手紙だなんだと送って来てたんだ。お前には言わなかったがな。今回は断ったが、ずっと持ち歩いていたからとあいつが置いて車を降りちまったからよ。」

美月は驚いた。まさか、高校の時から結奈がイサヤにそんな事をしていたなんて。

「…でも、貰ったものを、粗末にしてはいけないでしょう?」

美月は言って、それをテーブルの上に置いた。イサヤは美月をキッと睨み付けた。

「お前は、平気なんだな?オレがあいつと一緒に居ても。他に男が出来たのか?…あの、サークルにしつこく勧誘してくる男か?」

美月は慌てて否定した。

「違うわ!確かに帰りに駅で、三島さんには会ったけど、そんなつもりないし…それに、他にってどういうこと?イサヤは私の幼馴染でしょう。」

イサヤはますます険しい顔をした。

「何を言ってる!お前はオレの婚約者だ。約束しただろう。」

美月は仰天した。ええ?!あれって有効だったの?!

「でもあれって…子供だったから…イサヤも、よく分からずにああ言ったんでしょ?」

「オレが生まれてこのかた、良く分からないなんてことはない。」イサヤは言い切った。「お前はオレの婚約者。国にもそう言ってある。だからオレがこんなに長く国を開けて居ても、父上も何も言わねぇんだ。美月、オレとの約束を反故にするのか!」

美月はあまりにことに口をぱくぱくさせた。だって、あれから何も言わなかったじゃない。中学の時私が告白されてるのも見てたけど、黙っていたし、断ったことを話しても、そうか、としか言わなかったし、自分だって半端ないぐらいモテてたくせに、女子とも公の場ではにこやかに接していたじゃない…プライベートには踏み込ませなかったけど。

「だって、イサヤは何も言わなかったじゃない!あれから一言だってそんなことは言わないし、私達付き合ってるような感じでもなかったし…」

イサヤは言い返した。

「一度約しているのに、なんだって確認する必要がある。お前は寄って来る他の男を気にも掛けなかったじゃねぇか。オレはお前が約束を守っているからだと思っていたんだ。だから当然のことだとな。オレだって人の中で生活する最低限の社交はしたが、それ以外は不必要だと突っぱねた。あの女だって、お前の友だからこそ、オレはああやって送ることもした。お前の頼みだしな。なのに、お前はあの女をオレにけし掛けてたのか!」

美月は驚いた。けし掛ける?

「そんな…そんなつもりじゃないわ。ただ。結奈がずっとイサヤを思っているから…。」

「同じことだろうが!」目の前のテーブルが、手も触れないのに舞い上がって激しい音と共に床に叩き付けられた。美月は身を縮めた…イサヤが、怒っている。「お前はオレが誰と一緒に居ようが、何も感じないのか!」

イサヤは美月の腕を掴んだ。美月はただ怖くて身を縮めていた。ライナが飛び込んで来て、その有様を見て、叫んだ。

「イサヤ様!お待ちを、どうかお鎮まりください!」

「うるさい!」イサヤがライナを振り返りもせず、美月を抱き上げて言った。「美月の家に連絡しろ。明日まで理由を付けてここに居るとな!」

「イサヤ様!」

ライナが必死に止めようとする。しかしイサヤはライナを睨み付けた。

「オレに従え!命じたのだぞ、ライナ!」

ライナはグッと留まると、頭を下げた。

「はい、イサヤ様。」

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