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移住の決断

イサヤとイスリークは、軍を率いてドミナスへ攻め込んだ。

途中のミトでは、ドミナスの軍が必死に抵抗したが、撤退を余儀なくされ、ドミナスへと退いて行ったのを、追って来たのだ。

やはり軍神達の疲弊は激しく、大国であるラミエナとミリオナの連合軍には敵うはずもなかったのだ。

そして、その結界を破った後に、その地の荒廃に息を飲んだ…まるで、死んだ地のようだ。木々は立ち枯れ、草はその姿さえ既に無く、土地は灰色で生気がまるでない。どんな土地でもいくらかの命の気が立ち上っているものだが、そんなものは欠片も感じられなかった。

ミトの領地の半分も、このような感じだった。戦のせいかと思っていたが、そうではない。これは、人の地での諍いから使われた化学兵器がもたらした結果。その薬品は、ドミナスの人の隣国からドミナスへと流れ込み、そしてミトの方へと流れていたのだ。

イスリークが、イサヤの横で空から地を見降ろして言った。

「イサヤ…これは他人事ではないの。この地は、もう無理ぞ。命の気を必要としない人でも無理であろう…食物を生み出さぬのであるからの。」

イサヤは険しい表情で下を見ている。

「イスリーク、そんな単純なことじゃねぇぞ。オレは月になったから、不浄の物がよく見えるんだが、その薬物が、どんどんとミリオナの方へ流れて行っている。もう、端は影響を受け始めているし、その勢いは凄まじい。このままでは、ラミエナもミリオナもドミナスと同じ運命をたどるだろう。」

イスリークは、イサヤを見た。

「では、ここの土地は皆汚染されると申すか。」

イサヤは、重苦しい顔で頷いた。

「ああ。間違いない。オレにはあんなものを浄化する力はない。ここの土地は、そのうち木々が無くなって生き物が居なくなる。何しろ、水が汚染されてるんだ。命の気は、枯渇するな。」

イスリークは衝撃を受けながらも、同じように険しい顔で聞いた。

「…どれぐらいでそうなる?」

イサヤはため息を付いた。

「遅くて数年。早ければ一年も無いな。戦なんかしてる場合じゃねぇ。移住先を見つけないと、一族が全滅する。ドミナスは放って置いてもこのまま終わっただろう。」

イスリークは急降下した。

「ルイに会いに参る。今は争っている場合ではない。皆でこの地を出なければ、罪もない神達まで命を落とす。子供も居るだろう。行くぞ、イサヤ。」

イサヤは頷いて、外で攻防を繰り広げている敵味方の戦闘の中をかいくぐり、王宮へと向かった。


ルイは、結界を破られた衝撃で力を失なっていた。しかしそれを回復するだけの気は、ここにはない。必死に玉座にしがみついて己の身を支えながら、苦しげに呼吸をした。臣下達は、王を助けようと己の身を削って気を王へと流した結果、床に倒れて気を失っている。それを助ける力も、ルイには残っていなかった。

ふと、その部屋に降り立った大きな気を二つ感じ、ルイは苦しい息の中顔をあげた。

そこには、ラミエ王と、ミリオナの王子が立っていた。

「…そうか。」ルイは、自嘲気味に笑った。「これで終わりだの。」

イスリークが言った。

「主のやったことは、許される事ではない。だが、これは主にもどうしようもなかったこと。今は罪もない民の事を考えよ。己の誇りや意地など忘れよ。」

イサヤが頷いた。

「父上を滅したことは憎い。だが、それどころじゃねぇ。この地は、ドミナスのみならず全て同じ運命をたどって消える。我らは移住を余儀なくされる。お前はどうする?この地と共に逝くか。お前の民を、生かしてやる気持ちはないか。」

ルイは、二人を見た。

「…移住出来ると申すか。場所は?」

イスリークが答えた。

「まだ分からぬが、かつて繁栄した地がある。人もまた増えたとはいえ、少ない。命の気は豊富で、もしかしたらそこへ行けるやもしれぬ。我らがそこは交渉して参るが、どうなるか分からぬぞ。あちらの神の、臣に下らねばならなくなるやもしれぬ。どうする?」

ルイは、黙った。王でなくなる。しかし、それが何であろうか。皆の命を助けようと、起こした戦ではなかったか。勝ち目がないと見て、死のうとがむしゃらに向かって行っていたのではないのか…。

「もう、良い。」ルイは言った。「王などでなくとも良い。我の民達を、救ってやってくれ。我が妃は産み月も近い…あれはおそらく耐えられぬ。早く救ってやってほしい。」

イスリークは、悟った。己の妻と子のために、じっとしていられなかったのか。

「では、休戦の触れを出せ。我らが交渉して参る。」

イサヤが頷いた。

「月からしばらく気を送る。ここは安定するだろう。移住まではそれで凌げ。」と、手を上げた。「移住の準備をさせろ。急がねぇと、オレ達の国も危ない。もう、猶予は無いんだ。」

イサヤが踵を返し、イスリークがそれに続く。王宮に月の気が満ちて来て、臣下達も次々に気を取り直した。ルイは、自分にも吸収されてくるその気を感じながら、フッと笑った。

「王…?」

臣下が、不思議そうにルイを見る。ルイは言った。

「休戦せよ。この地を捨てる。移住の準備をせよ。」

臣下達は、何が起こっているのかわからないままに、頷いて頭を下げ、慌てて出て行った。

ルイは、呟いた。

「結局は一人相撲か。勝てるはずなどないではないか…月などに。」

久しぶりに満たされる気の中、ドミナスは国を上げて移住の準備に取り掛かった。


移住の準備は、ドミナスだけではなかった。

イスリークとイサヤは、自国の国民だけでなく、近隣の小国の移住まで段取りしなければならなかったのだ。二人は手分けして、臣下達を説明に走らせた。

話したことを理解してくれれば良いほうで、中にはそんなはずはないと食い下がる王も居た。そんな王には、信じる者だけ連れて行けばこちらはいいと言い渡し、二人は行く者をまとめ上げるだけでも大変なので、放って置いた。

どちらにしても、移住先があるかどうかを、月の宮の蒼に聞いて来なければならない…。

イサヤとイスリークは、美月のことも心配であったので、臣下達に指示をするとまた日本へ向けて飛び立った。


美月は、見つけた指輪を手に取って眺めていた。

これを見つけてから、ずっとこうしている。結婚指輪みたいだと、確かに小学生の頃思った。そのまま、これの存在は忘れて、机の引き出し深くに箱に入れて直されていたのだ。

銀色で、とてもシンプル。Pt.と書いてあるので、きっとプラチナなのだろう。こんなにも長い間存在し続けるなんて、すごい。

美月は、試しにそれを左手に着けてみた。すんなりと指に馴染み、ずっとそこにあったかのよう…。美月は一度着けてみると外す気になれなくて、そのまま着けておくことにした。これで、記憶が戻ることがあるのなら…。自分は知りたい。どんな風に生きて、どうして転生して来たのかを。

美月は思って、一人自分の部屋の居間で座っていた。

そこへ、イサヤが舞い降りて来た。

「美月。」

美月は、飛び上がらんばかりに立ち上がった。

「イサヤ!ああ、無事だったのね!」

イサヤは苦笑した。

「オレは死なないんだよ。お前もだ。月になったからな。」

後ろから、イスリークが降りて来て言った。

「戦った訳ではないからな。我らは軍神達が手に負えなくなるような状況の時に降りて行くのみ。だが、軍神達で事足りるほど、ドミナスの軍神達は疲弊していたからの。」と、イサヤを見た。「美月の傍に居たいのは我も同じだが、今は王としての責務を先にこなさねばならぬ。蒼殿に会いに行かねば。」

イサヤが、真剣な顔で頷いた。

「美月、お前も来い。状況を知りたいだろう?」

美月は頷いた。

「ええ。私も、いろいろ碧黎様に聞いたから、話さなきゃ。ああ、間違えた、お父様だった。」

「お前もここで、いろいろ立場が大変なんだな。」イサヤが苦笑しながら言った。「さ、行こう。」

三人は、蒼に会うために蒼の居間へ向かった。結界を通してくれたということは、来ているのを知っているはず。イサヤは、なぜか懐かしい宮の中を、蒼を目指して歩いたのだった。

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