月
「きゃああああ!」
美月の悲鳴が聞こえた。イサヤは涙を素早く拭き、気を探った。
「…外だ!」
イサヤは、外へ飛び出した。そこには、軍神が美月を小脇に抱えて浮いていた。
「これは…王子ではないか。運良く逃れておった癖に、なぜに戻って参った。虫の知らせでここへ戻って良かったことよ。」
ドミナスの軍神…!かなりの気だ。イサヤは飛び上がってその腕を狙って気を放った。
「おっと」その軍神は寸前で避けた。「ほほう、戦い慣れておらぬの。それでは死にに来たようなものぞ。」
その軍神は激しく気の雨を降らせる。ラミナも応戦するが、格の違う軍神相手に苦戦していた。それでも、イサヤが必死に気を放つ間をぬって、美月を抱える腕を打ち、美月を落とした。
「きゃー!」
美月が地面に激突する寸前にイサヤがそれを受け止め、地上へ下ろした。
「…こしゃくな!」
軍神は眉を寄せた。そして次に繰り出した玉は、先程よりずっと大きく鋭いものだった。イサヤはそれを難なく避けて、更に攻撃する。ラミナが絶妙な位置でそれをサポートした。
「もう、良い!」軍神は退こうとして、美月を見た。「女は殺してやろうぞ!」
美月に向けて、気が降り注ぐ。美月は思わず頭を抱えた。もうだめ…!
だが、衝撃はなかった。恐る恐る目を開けると、目の前に横腹を貫かれたイサヤが倒れていた。
「ああ!」美月は叫んだ。「いや!イサヤ!イサヤー!」
相手の軍神は高笑いした。
「なんとの、己から飛び出してきおって。とどめぞ!」
「させぬわ!」
横から、信じられないほど強い光がその軍神を貫いた。軍神はその自分の体に開いた穴を信じられないと言った顔で見、そちらを見た。
「ラミナ王…!」
軍神は、地面に落ちた。
「イサヤ!イサヤ、しっかりして!」
美月が叫ぶ。
「…これはまずいの。」イスリークは、その傷を見て言った。「しかし、ドミナス軍がこちらへ戻って来るのを感じる。我もここでは怪我人を抱えて戦いたくはない。一時、退こうぞ。」
イスリークは手を翳して少し傷を塞いだ。
「我にはこれが手一杯ぞ。さあ、こちらへ!」
美月はイスリークに抱かれ、イサヤはライナが気で持ち上げて、その場を低空飛行で去った。
気を抑えて、低く森の中を飛んで抜けながら、ライナが言った。
「ラミナ王、どこへ行かれるのですか?」
イスリークは頷いた。
「この地にも神は居ると聞く。数百年前の大きな戦で大半が亡くなったそうであるが、残っておると聞いておるのだ。そこへ一時匿っては貰えぬか聞いてみようと思うておる。ただ、かなり数が少なく、潜んでいてどこに居るのかも見当も付かぬのだ。どうしたものか…。」
イサヤが、汗をかいて眉を寄せる。気の消耗が激しいようだ。
「ラミナ王、イサヤ様は、このまま進むのは無理かと。」
イスリークはイサヤを見た。
「良くないの。とにかく、その辺りに降りようぞ。」
イスリークは、大きな木の影に寄って降りた。山深く、人は絶対に立ち入らないであろう所だが、神なら簡単に来てしまう。しかし、今の四人を気取るには、難しいのではないかと思われる所に、イスリークは降りたのだ。
「イサヤ…。」
美月が、額に手を置く。冷や汗が滲み出ている。美月はうるんだ目でその汗を拭いた。
「私を守ろうとしたばっかりに…。」
ライナが首を振った。
「我が悪いのです。もっと早くに動けておったなら…。」
イスリークが、そんな二人に眉を寄せた。
「後から何を言っても同じ。そんなことより、先のことを考えよ。」そして、イサヤを見た。「だが、確かに危ないの。治癒を専門にしておる神に、至急施術させねば命がない。しかし、こんな所にそんなものがおるとも思えぬし…。」
美月は、回りを見渡した。確かにそうだ。こんなところ、神様だって来ないだろう。しかも、数の少ない神様だって聞いてるのに。
美月は、泣きながら空を見上げた。月が、明るく出ている。
「…美月…。」
イサヤの声に、美月は慌ててそちらを見た。
「イサヤ…!気が付いた?逃げ切ったみたいよ。ここは、森の中。イスリーク様が、この地の神に匿ってもらえるように頼んでくださるって…。」
イサヤは 微笑んだ。
「そうか。」と、震える手で美月の頬に触れた。「イスリークなら、お前を守りきってくれる。安心していいぞ。」
美月は、首を振った。
「イサヤ…!イサヤが守ってくれるのではないの?早く元気になって。大丈夫だから!」
イサヤはまた微笑んだ。
「美月…愛してる。」
「私も…」イサヤが目を閉じた。「イサヤ!ああお願いよ!誰か助けて…!」と、空を見上げた。「月…!イサヤを助けて!」
《…で、どうしてそうなったのか、説明は必ずするのだな?》
美月は、びっくりした。月が…月が答えた。
「ええ!絶対に!だからお願い…!」
《そこから、北へ三キロの所に断崖がある。そこまで来い。迎えをやろうぞ。》
美月はイスリークを見た。イスリークは頷いた。
「行こうぞ。主の手柄よ、美月。よくぞ月など思い付いたもの。イサヤを連れて、さあ!」
美月は下を向いた。別に思い付いたのではなくて、なんだか月が、助けてくれるような、そんな気がして咄嗟に言ってしまっただけなのだけど。
そうして、そこを飛び立った。
しばらく行くと、間違いなく結界のある地が目の前に現れた。月の気がする…。
「この結界は我にも破れぬな。強い月の力を感じる。」
イスリークが言うと、すっとその結界を抜けて、甲冑を来た数人が出て来た。
「案内し申す。こちらへ。」
美月は不安げにイスリークを見た。イスリークは、緊張した面持ちでそれに続く。ライナも、イサヤを連れて、固い顔でその結界を入った。
そこは、清々しい癒しの気が満ちた、月に守られた穏やかな地だった。
軍神について飛ぶと、正面に白い大きな宮が見えて来た。回りを円形に大きなダムのような建物が建ち、その後ろに点々といくつかの対が建ち並ぶ。ある程度の年数は経っているようだが、それでもしっかりと、美しく建っていた。
そこの入り口に降りると、夜中にも関わらず、わらわらと女達がイサヤを取り囲み、手を翳して何かの気を送り始めた。
奥から、背の高い黒髪の、どう見ても30代ぐらいにしか見えない男が、強大な月の気と共に歩いて来た。
「治癒のもの達だ。こやつらに治せぬ傷はないのではないかの。」
イスリークが、進み出た。
「ご助力感謝し申す。我はこれより遥か北の地、ラミナスの王、ルーク・イスリーク・ラミナ。これは我が妃、美月。傷を負っておるのがミリオナの王子、イサヤ・黎貴・ミリオ。その軍神、ライナ。敵の急襲を受け、ミリオナは王を失った。我らはこの地で隠れる場所を探しており申した。」
相手は、頷いた。
「だいたいは見ていて知っておるがの。我はこの、月の宮の王、蒼。月の命をついでおる、今唯一の月だ。しかし身は人。元は人で、長い年月こうしてこの地を守り生きて来た。」と、踵を返した。「来るが良い。そやつは治癒のもの達に任せよ。我に詳しく話す約束ぞ。」
イサヤは、まだ青い顔をして意識を失ったままだ。美月はイサヤから離れたくなかったが、話をすると約束した。
「我が、イサヤ様について行きまする。」
ライナが美月に言った。
美月は頷いて、身を裂かれる思いで、蒼についてそこを離れた。




