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ここでは無い何処かへ・2


砂漠…………


湿度が低いせいなのか、それとも遮蔽物が無い為の目の錯覚か。


ゴビ、サハラ、タクラマカン。


砂漠と名の付く所では、太陽が大きく見えるという。


そこは見渡す限り、延々と続く不毛な大地しかない。


そこに太陽というモニュメントが存在すれば、対比する物が無い以上、大きく見えたりいつもと違う色に見えたりする事は仕方ないと言えるかも知れない。


現に、俺の目の前で沈んで行く太陽の色は、紫色に見える。


ほぼ単色の砂漠の地面に、その紫色が反射するのだから、何とも言えず幻想的だ。



遮る物が何一つ無いので、空は明るい紫から濃い紺色のグラデーション。


地面は黄色に近い灰色なので、青色を含んだ夕陽に照らされて、エメラルドグリーンやピンク等、この世の物では無いような不思議な色彩を呈している。


そう、つまり。


俺は夕暮れの砂漠にいる。


それもたった一人で。



砂漠は寒暖の差が激しい。昼間は日光を遮る物が何も無い為に、急激に気温が上昇し、時には50度近くになるが、夜間は氷点下迄下がる事もある。



俺の今の服装は、夏用のスーツ上下のみ。


凍死も視野に入ってきたなぁ……。


食い物なんかあるかな?


持っていた鞄を漁ると、書類やらネクタイの替え、それに歯ブラシや消臭スプレー、デオドラントシートやらが出てきた。

そうだね、お泊まりセットだね。


一抹の希望を持って、鞄に2付いているサイドポケットを開けてみる。食事もマトモに取れる事が少ない職場だったので、常に非常食として何かしら入れていたはずだ。


左側のポケットの方はパンパンに膨らんでいるが、右側のポケットはほぼぺしゃんこだ。先ずは左から攻めるべきだろう。



「自分で入れたのに覚えてないってのが、情けねぇよな……」


思わず自分に愚痴ってしまう。だがこれは仕方ないと思う。


入れたとしたら、少なくとも半年は前の話なのだ。まだ俺に休日なんていうファンタジーな代物があった頃だ。


最低限の睡眠、倒れないために流し込む食事……ではなく、寝て起きても何故か働かなくても良い夢の様な時間を俺が持てていた頃、仕事に備えてコンビニによる度に日持ちするお菓子の様な携行食や、栄養ドリンクなんかを購入していた。


それから紆余曲折あり、休日処か、最終的には家に帰れなくなってしまってからは会社に常備してある御菓子(百円入れて取るやつね。)で飢えを凌ぎ、限界を感じると少ない仮眠時間を削って同じビルに入っている24時間営業のコンビニで弁当を買う。という生活だった。



お泊まりセットは鞄から仮眠室の枕の隣に移り住み、中身が非常食だけになった俺の鞄はロッカーにて長い眠りについたって訳だ。俺は眠れないのに。


かくして俺の記憶から消えてしまったサイドポケットの中身達。

だが信じてる。きっとお前達は俺に応えてくれるはずだ。

アホな事を考えながら左側のポケットに手を突っ込むと、

ハイハイ、出てきましたよわんさかわんさかと……期待に応えて沢山出てきてくれました、ミントタブレットさん達が。

もうね、凄いよね。何が凄いって、何故か全部銘柄が違うんだよ。20個位あるミントタブレットが全部違う種類なのよ。何変な所で多様性演出してんだよ、1ヶ月前の俺。可哀想に。


多分アレだね。どっかに遊び求めた末に、ここしか遊ぶトコ無かったんやね。


ま、そんな可哀想な過去の自分は置いといて、この大量のミントタブレットは食料にはならないだろう、ノンカロリーだから。


つまり、残りの右ポケットがダメなら餓死しちゃう可能性がでできた。


祈りを込めて中をまさぐってみる。


最悪、履いてる革靴を食べるしか無いかなとの考えがよぎる。

そして噛む事に体力を使いすぎて、口に革靴を突っ込んだ死体が完成した所を創造した。

駄目だ、やっぱりここで食べ物が出てこないと詰んでしまう。


手元にグシャリとアルミ袋を潰す感触。掴んでみると、しっかり中身も入っている。

ポケットから出してみると、棒状の小腹満たし様のチョコバーだった。多少溶けて柔らかくなっているが、問題ない。カロリーが摂取出来れば良いのだ。


「た、助かった……。」


思わず声が出てしまう。有難う、昔の俺。こいつはサイズの割に腹持ちが良いやつだ。ちょっと喉が渇いてしまう欠点があるが、今の俺は砂漠の日射しとセミ擬きとの戦いで、かなり消耗している。糖分は何より有難い。


中を改めて確認すると、同じ物がもう1つ入っていた。


計二本のチョコバーが俺の生命線って訳だ。


後は水と、寒さ、だな。


水については、恐らく大丈夫だ。今の俺は植物を操る事が出来る。そこら辺の低木を操作して…………、あれ?


さっきは見えていたオーラの様な物が手から出ない。

腹に力を込めて、無理やり集中する。

そうすると、申し訳程度に薄いオーラが出るが、俺のイメージと操作しようとしていた低木の動きが微妙にずれる。




そして、物凄い勢いで鳴る腹の虫……。


これはつまり、この力を使う為にはカロリーを消耗するって事か?


…………。


仕方ない。今日は水無しで過ごすとするか…………。


゛ビュウウゥゥ……゛


昼間とは打ってかわって冷たい風が吹きはじめてきた。


まずい。


いや、チョコバーは大変美味しゅうございます。のどめっちゃ渇くけど。


この寒さが不味い。予想を超えて寒いのだ。


そして暗い。月が多少出てるので真っ暗て訳じゃないが、ここは砂砂漠では無くて岩砂漠と言えば良いのか、所謂荒れ野だ。


それなりに地面は固く、そして高低差がある。


視界がままならない状態で足を滑らせ、骨折→身動き取れないまま餓死ってのは勘弁して欲しい。


かといってその辺に朝までじっとしておくってのも難しい。


まだ日も暮れきって無いのにこの寒さだ。


完全に日が落ちれば震えるほどの寒さになるだろう。


昼間の疲れもある。というか過労死寸前迄使い込んだ俺の体力は元々限界なのだ。今は確実に休息すべきだろう。


となれば、暖かくて安全な寝床を探したい所だ。


探したい所だが…………


真っ暗で何も見えない。

色々考えてる間に完全に日が暮れてしまった様だ。さっきまで出ていた月も雲がかかったのか消えてしまっている。

というか雲?雨が降るのか?この荒れ野にとっては恵みの雨だが、身を隠す場所が無い状態で雨に打たれでもしたら、それこそ……。


ぶるっと震える。


と、とにかく移動しなければならないだろう。確かにここは不毛な荒野だが、俺の記憶が確かなら両側に切り立った壁に近い丘が続いていた筈だ。そう、今俺がいる地形はヒグラシモドキと戦った時と大して変わらず、グランドキャニオンとはいわないがかなり高い岩壁が左右に延々と続いてるのだ。


あれからそれなりに歩いたにも関わらず、風景はさほど変わっていなかった。今は何も見えないが。


ただ、緩やかにだが下り坂というか下に勾配がついていて、所々に灌木が生えていたので、この長い谷間はワジ、つまり「枯れ川」では無いかと俺は考えていた。


こういったワジの地下には地下水があることが多く、そういう水脈はある程度の間隔でオアシスを作ることが多い。まぁ、そのある程度が何十㎞じゃ効かない間隔なのでそれにぶち当たるより先に俺が干からびる可能性の方が遥かに高いのだが、一種の賭けとして俺はこのワジを下っていたのだ。


単純に登るか降るかしか選択肢が無く、登る体力が無いので降るしかなかったとも言えるが。


一応、第三の選択肢としてどちらかの岩壁を登るというのもあった。両側の丘にも所々切れ目の様な場所があり、そこからなら何とか行けそうだったのだ。……体力が万全の状態なら。


上部が平面になっていたり、中腹に人工的な洞穴の様な物も見える丘もあったので、ひょっとしたら土着の住民に会うことができたかもしれなかった。ま、悔やんでも仕方ないが。


゛ザァァ……゛


風が吹いてきた。遠くで葉が擦れ合う音がする。


僅かに覗く月の光が南の空から沸き立つ分厚い雲を写し出す。


いよいよヤバいな。あの雲の厚さから見て通り雨って感じでは無さそうだ。雨に打たれて体が冷える処かワジに流れ込んだ雨水で溺れるかも知れない。どんどん増えるな俺の死因。


゛ザザァァ……バサバサバサ……゛


風がますます強くなっている様だ。こうやっている間にも少しずつ歩を進めているのだが、何分視界が足元しか確保出来ないために、少しずつしか進めない。たまに月明かりが覗く間に小走りで距離を稼いでいるが、それでも微々たるものだ。


何よりいくら先を急いでも町があるとは限らない、体力の無駄遣いかも知れないというのが、モチベーションを下げて歩みを遅らしてくれる。


今も僅かな月明かりを頼りに最後のダッシュを繰り出しているが、これはある意味ヤケクソだ。この少し先でワジが直角に近い角度で曲がっていて、そこから先が見えなくなっているのだ。そこを過ぎて何も見えなければ諦めてしまおうと決めてのダッシュだ。


ああ、脚がもつれる……。血糖値が下がってるからか目眩がする。自分でもびっくりする位息が上がる。

そうだよ。よく考えたら数ヶ月間ほぼ不眠不休で働いて、精神的にも肉体的にも死ぬ寸前だからこその長期休暇だったんだ。


そこに加えて、この訳わからん状況に放り込まれたストレスと栄養失調だ。朝からアルコールとチョコバー一本で未確認生物とバトルして異世界耐久ウォーキングとか、今時禅宗の坊さんでもこんな修行してないじゃなかろうか。


「あっ」


あと少しで曲がり角という所でふらついた拍子に軽い段差に足を取られ、頭から盛大に地面にダイブした。



何とか手をつこうとしたが、重たくなった体は自分の手を前方に出すという簡単な動作さえも満足に行えず結果、俺の両手を横に拡げたヘッドスライディングは見事に決まった。


口の中に広がる鉄の味、膝や手のひらからはじんじんとした痛みがやってくる。どうやら盛大に擦りむいた様だ。


立ち上がろうとして手を付こうとしたが、力が入らず俯せに潰れる。体力の限界って奴だな。


眠気が襲ってくるが、それを寒さが打ち消してくれている。

だがそれも寒さを体が感じてくれてる間だけだ。もうしばらくすれば、逆に寒さが眠りに誘ってくれるだろう。


このまま諦めてしまおうかと思ったが、せめて曲がり角迄は辿り着きたい。あともう少しなんだ。


這いずる事すら出来ないので、寝返りを繰り返して進む。それでも一回体を捻ろうとする度に息が上がる。端からみたら、さぞかし無様なんだろうな。見てる奴がいればの話だが。



身体中泥だらけになり、肩に背負っていた鞄がいつの間にか腕からすり抜けた事に気付いたあたりで右手が固い物に当たった。


最早開けることも辞めていた目をそっと開ける。


土埃にまみれた右の手の先には確かにここが待ち望んだ曲がり角であることを示している。


しかし、そのタイミングで右手の甲に冷たい水滴が落ちてきた。それは次第に数を増し、手に付いた汚れを洗い流していく。


「……このタイミングで降りだしやがったか」


思わず苛立ちが声に出てしまう。


どうやら死因は雨に濡れた事による凍死に近い衰弱死になりそうだ。いや、ここは枯れた河だってことを考えると雨の量によっては溺死もあり得るか。砂漠とかって降るときにはまとめて降るイメージだもんな。


「死ぬ前に喉の渇きでも潤しますかねっと。」


そう言いながら気合いを入れて仰向けに引っくり返る。


゛バサバサバサッ゛


なんだか風の音が耳に障るが、気にしてもしょうがない事だろう。最期位、穏やかな気持ちでいたいし。


口を開けて空を見渡す。空は曇天で星が見えないのが惜しいが、お陰で最後に水分補給が出来ただけ良しとしよう。


しかし砂漠は生物が殆どいないから無音だと聴いてたけれど、ヒグラシモドキの羽音に始まって俺の腹の音やら雨音、それにさっきからバサバサうるさい風の音やらで思ってたより賑やかだったな。まぁ、雨の音や腹の音が音として認識出来てる時点で充分静かなんだろうけど。


実際、俺以外の生物がたてた音はヒグラシモドキの羽音位のもので、奴を倒してからは今こうやって雨が降りだすまでは時折吹き抜ける゛ビュービュー゛という風の音位しか外部からの音は無かった。勿論チョコバーを食べるまでは俺の腹の虫は大合唱をしてた訳で体の内部からは音がなりっぱなしだったが。



……あれ?そう言えば風の音がバサバサっておかしくないか?


゛バサバサバサッ゛


音のする方に目を向ける。曲がり角の、今まで見えてなかったその先には、夜の闇と雨のカーテンで見えづらくなってはいたが大きな幹の頭から沢山の硬質な葉を生やした植物が見えた。


先程からの音はこの大きな葉が風に煽られる音だったらしい。

まだまだ距離は離れてるいるので断言出来ないが、恐らくシルエット的にヤシ類だろう。風に揺れているその更に先は大きな窪地になっている様にも見える。まずは近くまで行かなくてはいけない。


この世界に地球と同じ生態系がある保証はない。というかヒグラシモドキがいる時点で全く同じな訳が無く、ぬか喜びしたけど、ソテツみたいにデンプンを生成して食べれる様になるまで重労働が必要でした、ってのはまだ良い方で、あれが異世界の肉食植物

と言う事もあるかもしれないのだ。


人間と言うのは不思議なもので希望さえあれば、もう駄目だというか状態でも最後のひと踏ん張りが効くらしい。


さっきまで動かないと思っていた体はふらつきながらも俺の行きたい方へと歩き出した。


足の指に力が入らない為に、脚を前に大きく踏み出せない。まるでペンギンの様な歩き方で今だに薄ぼんやりとしか見えない「それ」に向かって進む。段々と鮮明になってくる濃い緑の葉と太い幹、そして鈴なりにぶら下がった赤茶色の……実。


思わず小走りに駆け寄ろうとして脚がもつれて倒れそうになる。


落ち着け、今倒れたらもう一度立ち上がるのは流石にしんどい。



漸くたどり着いた「それ」にゆっくりと手を触れる。


匂いを嗅ぐ。そして足元に落ちていた親指程の大きさの実をかじる。多少傷んでいるようだが、この干し柿の様な食感は間違いないだろう。


この木は、ナツメヤシだ。






ナツメヤシ。日本では馴染みが無い植物だが、中東ではかなりメジャーなカロリー源である。熟し具合で何種類もの呼び名があり、完熟し、天日で干されたものは「タマル」と呼ばれ味は干し柿に似ている。紀元前の遥か昔から栽培され、砂漠に生きる人々の重要なカロリー源となってきた。一応、日本人の口にもタマルから精製した「デーツ糖」がアイスクリームなどの原料として結構な量が入っている。

また、固くて丈夫な葉は屋根材や篭などを編む材料として、幹は家を支える建材として使え、正に捨てる所の無い有用な植物なのだ。


因みに日本の聖書では「シュロ」と訳されたりしてるが、日本のシュロの木とナツメヤシは全くの別物である。


昔、中東を旅した時にナツメヤシの樹液から作ったと言う酒をベトウィンのオッサンから飲まされた事があったが、これが中々旨かった事を覚えてる。


……いかんいかん。兎に角カロリーを補給しなければ。


ごつごつした根元の幹に手を当てる。あ、しんどいからとりあえず座ろっと。見上げると鈴なりに実った果穂が幾つもぶら下がっている。でも高い。体調が万全な状態なら登っていって取るのだが、今は無理だ。となると「力」に頼るしか無いか……。でもこの「力」ってカロリーを使うっぽいんだよなぁ。飢餓状態の俺が使ったら死ぬんじゃないかな。


最小限の力で一番たわわに実った果穂の付け根と幹の境目にコルク層が発達するイメージを送り込む。少しだけ空腹の度合いが増した気がしたが、思った程では無かった。


「……なるほど、本来動かない地下茎を無理やり動かしたりすると、膨大なカロリーを消費するが、その植物に自然な生理作用を促進させる位ならさほどカロリーは必要ないって事ぐぁっ!」


ナツメヤシの果穂は、一つ一つがとても大きい。つまり重たい。


その重たい物が、高いところから落ちる落下スピードは大変な事になっていた。


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