神の庭2
しばらく雲の隙間から下界を眺めていたが、どうしても筆は進まなかった。
アベルはあんな風に言ったが、私は自分が労働する環境については文句は無い。
天界の一角に設けられたその仕事場は、平屋ながら作りはしっかりしており、ここに入ってさえしまえば、雷鳴などの騒音に悩まされる事は無い(その代わり、四大天使による原稿の催促の電話が鳴りっぱなしだが)。
机やペン等の筆記類はトバルカインが作った物で素晴らしい書き心地を与えてくれる。
掃除や、切れた備品の補充等は一日一回、天使がやってくれる。
だがしかし、私の筆は進まない。
この仕事を任されて数百年、今までこの様な事は無かった。
神から依頼された仕事は納期の前に必ず仕上げたし、たまには気の進まない仕事もあったが、それでも仕事と割り切ってやった。
何よりも「従う者」の名を冠する私だ。唯一神である「ヤハウェ」の指示に逆らうべくも無いのだが。
そうそう
私の仕事だが、何と表現したら良いだろう。
所謂「物書き」ではあるのだけれど、私が書いた物は必ず実現してしまう。別に私が予言者だからとか、そういった特殊な能力を私が持っている訳では無い。
単に私に企画書等を依頼している依頼主が唯一神であるが為に、その企画書を彼が了承した時点で下界において実現していく、というだけだ。
私が唯一神に与えられた、この天界での役割であり創世から数えて、人類史上初めての生業。
私達、「使徒」とか「義人」と呼ばれる天界において一人格をそれぞれ有している者達は、それぞれが神の代わりに何かを「創造」する事を生業にする者達だ。
共通点は2つ。
下界にいる間に何か一つでも、「新しい真理」や「究極」に辿り着いている事。
そして下界にいた時の生き方が、神のお眼鏡にかなう事。
一つ目は割と簡単だ。
余程不摂生をしない限り人間は800年位は死なないし、ほっといても100才を過ぎたあたりから「何かを成したい」という欲求が抑えがたくなる。
現に下界には、不思議な能力をもった隠者や魔法の様なテクノロジーを操り、莫大な冨を得ている商人が少なくない数で存在している。
問題は2番目の条件だ。
私達の一生は長い。
100年や200年ならともかく、一生を終えるまで自分を制し続けられる人間は少ない。
ほとんどが早かれ遅かれ.道を踏み外してしまう。
肉の体を纏っていない、天使でさえも。