神の庭
史上初めて、肉体の死を経ずに天に上げられたエノク。
聖書には神に取られた、と書いてありますから正に神隠しですよね。
そんな彼と彼に振り回される男が異世界で繰り広げる物語です。
「仕事がし難いったらないよ、なぁ?」
その台詞に顔だけ向けて振り返る
神の庭は今日も薄靄に包まれ、雷光が轟いていた。
「労働環境ってのを考えてやるのもさ、上に立つ者の義務だろ?」
ああ、そうだな
そう言いながら声の主に連れられて来た白いフワフワした生き物を避ける。
彼の前後にはいわゆる羊に良く似た物が続いている。
羊よろしくメーメー 鳴いているが、羊では無い。
羊型の雲だ。
鳴き声や見た目は彼の趣味らしい。
私と並んで歩きながら、かなり長い間とるに足らない愚痴を彼はとめどなく口にしていた。
彼はどうも、沈黙する事の素晴らしさを知らないようだ。
しかしながら、それは仕方が無いのだ。
彼はその様に創られ、その結果としてここにいるのだから。
そうこうしているうちに目的地に着いた私は隣で尚も愚痴を続けていた同僚に声をかけた。
申し訳無いが、私の目的地に着いたようだ。積もる話はまたにしようか、アベル
「ん? こんな所で何しようって言うんだい……相変わらず変わった奴だね、君は」
その台詞に苦笑していると
「ま、君の事だ。好きにしなよ、エノク」
そう言って去って行った。
ここは天界。
普通の死者達が向かう霊界とは違い、神に選ばれた選民達が神とともに住まう所。
我々以外には、勿論天使と言われる霊的生命体もいるにはいるが、彼等は個性や自我といった物が無く、神の便利な道具といった所だ。
彼等は神から命令が出るまでは、天界、幽界をフワフワとクラゲの様に漂う。
そして命令が下れば、さながら大海の中のアジの群れの様に一塊になり、地上に下って行くのだ。
そんな彼等とは違い、我々「選民」という天界の住人達は、それぞれが自我を持ち、それぞれ別の個性を持っている(当たり前の話だが)
そして…
勿論
それは地上の人間もそうなのだ。
そんな事を思いながら、視線を下に移す。
とても、憂鬱だ。
今から自分のやろうとしている事が、そしてその結果が。
だが、やらねばならない。
それが自分の仕事なのだから。
そう覚悟を決めてから彼は、
史上初めて肉の死を経ずに神から選ばれた、エノクは
地上にいる自分の子孫達を眺めはじめた。