ショート・ストーリー:真実の鏡
1000 文字程度の短い童話です。さくっと読めるでしょう。
むかしむかしのことです。
深い森の中の小さな小屋に一人の魔女が住んでいました。
魔女は毎朝、身支度を終えると朝日を浴びながら真実の鏡に尋ねました。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは?」
「それは、貴女様です」
鏡はいつも、その向こう側から答えます。
ある朝、魔女はいつものように鏡に向かって尋ねました。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは?」
鏡は答えました。しかし、それはいつもの返事とは違ったものでした。
「それは、バラの姫です」
その答えに魔女は怒りました。
魔女は毒林檎をこしらえると、老女に化けてバラの姫のもとへと向かいました。
次の日の朝、魔女は真実の鏡に尋ねました。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。バラの姫は死んだのね?」
「いいえ、死んでいません」
魔女は驚きました。魔女は、確かにバラの姫が毒林檎を食べるところを見たのです。
彼女は怒り、地団駄を踏みました。
次こそは、あのバラの姫を。
彼女はそう、強く思いました。
「今日は、あの質問はなさらないのですか」
誰の声かと思い、魔女はふと怒りを忘れて、あたりを見回しました。
そして、その目線は鏡にとまりました。
「あなたなの?」
「はい。私がしゃべりました」
「あの質問をしたところで、何になると思うの?」
「そこをどうにか、お願いできないでしょうか」
魔女は考えました。
バラの姫が生きているなら、きっと世界で一番美しいのはバラの姫でしょう。
しかし、どうして鏡はこのようなことを聞いてくるのでしょうか。
不思議に思った魔女は尋ねました。
「鏡よ鏡よ、鏡さん。この世で一番美しいのは?」
「それは貴女様です」
魔女は驚きました。
「あなたは真実の鏡よね? どうして嘘を言うの」
「いいえ、私は真実の鏡です。私は真実しか述べません」
「昨日は、世界で一番美しいのはバラの姫だ、と言ったわよね」
「どうか、そうお咎めにならないでください。
世界で一番美しいと言うのは、世界中の男に質問をしたとして、一番美しい女性の名前として、誰の名前が一番挙がるのか、というものなのです」
「私は、バラの姫より美しくないのね」
「いいえ、世界で一番美しいのは貴女様です」
「嘘つきは嫌いよ」
「いいえ、私は真実の鏡です。私は貴女様に恋しております。
そして、貴女様が私のことを愛してくださらないであろうということも知っています」
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