表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/33

第30話 大陸の女王へ。帝国皇帝との「対等なる決闘(商談)」

海を埋め尽くしていた漆黒の艦隊が、今は静まり返っている。

 数千の兵士がパジャマ姿で眠りこけ、最強の魔導砲はレンズ一枚で無力化された。その光景を、ザイフリート港の桟橋で一人、腕を組んで見つめる男がいた。


 レガリア帝国最高権力者、皇帝オーギュスト・レガリア。


 彼が自ら小舟を漕いで上陸したという知らせは、城内を激震させた。

「……エルゼ、俺の後ろから出るな。あの男は、ユリウスとは格が違う」

 ゲルハルト閣下が、私の前に立ちはだかる。その背中からは、かつてないほどの濃密な殺気が立ち上っていた。閣下の大剣が、主の戦意に応えるように微かに鳴動している。


「大丈夫ですわ、閣下。……皇帝陛下といえども、お腹は空きますし、不潔な身体では安眠もできませんもの。……何より、陛下は非常に『お買い物』がお好きなようですから」


 私は閣下の腕をそっと押し分け、桟橋の先端へと歩み出た。

 そこには、獅子のような金髪をなびかせ、一国の軍事力を体現したような巨躯の男が立っていた。


「……貴様か。我が軍を、戦わずして泥のように眠らせたという『魔女』は」

 オーギュストの第一声。それは声というより、物理的な重圧だった。

 周囲の衛兵たちが恐怖で膝を突く中、私は優雅にカーテシーを捧げ、それから真っ直ぐに彼の瞳を射抜いた。


「魔女、とは心外ですわ。私はただの、帳簿を愛する領主夫人に過ぎません。……陛下。……ザイフリート領への『不法侵入コスト』、既にお見積もりは済んでおりますわよ?」


「……。ふっ、ハハハハハ!」

 皇帝は大笑した。だが、その瞳に笑いはない。

「面白い。ユリウスが惚れ込むわけだ。……だがエルゼ、貴様の知恵は危険すぎる。帝国に従わぬのであれば、今この場で、その首を刎ねて禍根を断つことも辞さないぞ」


 オーギュストが腰の剣に手をかけた刹那。

 私の視界が、漆黒の外套によって遮られた。

「――陛下。貴様の相手は、俺だ。……俺の妻に、その薄汚れた殺気を向けるな」


 ゲルハルト閣下が、抜刀すらなさずに皇帝の眼前に踏み込んだ。

 最強と最強が対峙し、大気が軋むような音が響く。一触即発。


「……閣下、下がって。……陛下、交渉のお時間ですわ」

 私はゲルハルトの肩越しに、一束の書類を掲げた。

「陛下。貴方が私を殺せば、帝国は二度と『石鹸』も『清潔な飲料水』も、そして『魔法を無力化する光の技術』も手に入れられません。……それどころか、現在眠っている数千の兵士たちは、永遠に目覚めぬまま『腐敗』していくことになりますわ。……我が領の新作、睡眠毒アロマ中和剤アンチドートは、私しか作れませんもの」


 オーギュストの眉がピクリと動いた。


「……さらに。陛下が今抱えていらっしゃる『黒鷲派』という身内の膿。……あれを放置すれば、帝国は内部から腐り、数年以内に経済破綻しますわ。……私を殺して誇りを守るか。私と『契約』して、不滅の帝国を築くか。……算盤そろばんを弾くまでもありませんわね?」


 沈黙が流れる。

 皇帝は、私とゲルハルトを交互に見つめ、やがて剣から手を放した。


「……条件を聞こう」


「お話が早くて助かりますわ。……第一に、ザイフリート領を『大陸唯一の自由貿易特区』とし、帝国全土への関税を撤廃すること。第二に、我が領の技術顧問を帝国へ派遣し、兵站の『衛生改革』を主導させること。……そして第三に」


 私は、桟橋の向こうで算盤を持って震えている男を指差した。

「……あの元・王太子ジュリアンを、帝国の『対ザイフリート窓口』として、一生、私の足元で働かせること。……いかがかしら?」


 皇帝オーギュストは、地面に突っ伏しているジュリアンの惨めな姿を一瞥し、鼻で笑った。

「……。そんなゴミでいいなら、好きにするがいい。……エルゼ・フォン・ザイフリート。……貴様は、帝国を武力ではなく『需要』で征服したのだな」


「征服だなんて。……私はただ、世界を『黒字』にしたいだけですわ」


 その日、歴史は書き換えられた。

 最強の軍事国家・レガリア帝国は、ザイフリート領と「対等な通商条約」を締結。

 エルゼは、名実ともに「大陸の経済を支配する女王」としての第一歩を踏み出したのである。


 ◇


 その夜。

 祝祭の火が灯る城の最上階。ゲルハルト閣下は、私を逃がさないように背後から強く、強く抱きしめていた。


「……。陛下との商談中、肝が冷えたぞ。貴様を失うくらいなら、俺は本当に帝国と心中するつもりだった」

「……。閣下、お顔が怖いですわよ。……私はどこへも行きません。閣下が私の『専属騎士』である限り」


 ゲルハルトは、私の首筋に残った自らの「印」をなぞり、それから深い、独占欲に満ちた口づけを落とした。

「……。もう、世界中が貴様を狙っている。……これからは一刻たりとも、俺の視界から外れることは許さん」


「……。ふふ、それこそ私の計算通りですわ」


 窓の外には、ザイフリートの技術がもたらした「ガス灯」の明かりが、宝石のように並んでいる。

 鉄の荒野に咲いた薔薇は、今や大陸全土をその香りで包み込もうとしていた。


 しかし、私たちはまだ知らなかった。

 エルゼが持ち込んだ「現代知識」の根源を、神の領域として崇める『真の黒幕』が、暗闇の中からその鋭い牙を剥き始めていることを――。


 第2部:帝国動乱編・序 ―― 完。

第2部序盤『帝国動乱編・序』、ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

軍事大国レガリア帝国の皇帝を、剣ではなく「石鹸と帳簿」で屈服させるエルゼ様……。

そして、かつての宿敵ジュリアンが「公式なゴミ」として再利用されるという、第1部からの因縁も一つの区切りを迎えました。


「エルゼ様の交渉術、スカッとした!」「ゲルハルト閣下の重すぎる愛が、皇帝相手でもブレなくて安心した」

と思ってくださった皆様、ぜひ【下部の☆☆☆☆☆】をポチッと押して評価、または【ブックマーク】での応援をお願いいたします!


第30話という大きな区切りを迎えましたが、物語はさらに加速します。

次章、舞台は帝都へ。エルゼの知識を狙う「謎の宗教組織」と、エルゼの過去にまつわる衝撃の真実が明かされる『帝都潜入・聖遺物編』が始動します!


「女王」へと登り詰めるエルゼと、彼女を守るためなら世界を敵に回すゲルハルト。

二人の旅路を、これからもぜひ見届けてくださいね。


次回の更新も、どうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ