表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/33

第29話 捕虜となった王太子。エルゼの足元で「帳簿係」を拝命する

「……は、離せ! 私は一国の王太子だぞ! 貴様ら、無礼であろう!」


 朝靄の立ち込めるザイフリート広場。

 パジャマ姿で震える数千の帝国兵の中に、一際「場違いな豪華さ」を纏った男が、衛兵たちに両脇を抱えられて引きずり出されてきた。


 ジュリアン・ラ・ヴァリエール。

 かつて私に「冷徹な人形」と吐き捨て、婚約破棄を突きつけた、あの元・王太子である。


「あら。帝国軍の艦隊の中に、なぜ王都の『落とし子』が混じっていらっしゃいますの?」


 私は、ゲルハルト閣下の腕を借りて、壇上から彼を見下ろした。

 ジュリアンの服は泥と酒で汚れ、かつての威光は見る影もない。彼は私と目が合った瞬間、救いを求めるように縋り付いてきた。


「エルゼ! ああ、エルゼ! 助けてくれ! 王都を逃げ出した後、帝国の船に拾われたのだ。だが彼らは私を賓客ひんかくとしてではなく、単なる『交渉のチップ』として檻に……!」


「――。貴様にエルゼの名を呼ぶ資格はない」


 隣に立つゲルハルト閣下の殺気が、物理的な重圧となってジュリアンを地面にめり込ませる。閣下の大剣の鞘が床を叩く音だけで、ジュリアンは短い悲鳴を上げて失禁しかけた。


「閣下、落ち着いて。……この方は今や、金貨一枚の価値もない『不良債権』ですわ。殺してしまっては、これまでの滞納分が回収できませんもの」


 私は、怯えるジュリアンの前に、一冊の薄汚れた帳簿を投げ捨てた。

 それは、彼が王都で放蕩の限りを尽くし、我がアンハルト商会(クララ経由)が買い取った彼の「負債リスト」だ。


「ジュリアン殿下。貴方は帝国の捕虜ですが、同時に私の『債務者』でもあります。……帝国が貴方の身代金を払うはずもありませんし、王都に帰る場所もない。……わかりますわね?」


「な、何が言いたいのだ……」


「働いて返していただきますわ。……我が領では、計算のできない無能を養う余裕はありませんの。幸い、貴方は王族教育で最低限の算術は学んでいるはず。……ハンス様、彼を『第三倉庫の帳簿室』へ」


「はっ! 承知いたしました、エルゼ様。ちょうど、帝国から没収した備品の山に、誰の手も回っていなくて困っていたところです」


 ハンスがニヤリと笑い、ジュリアンの首根っこを掴み上げる。


「待て! 私は王族だぞ! 事務作業など……あ、ああっ!?」


 ジュリアンはそのまま、豪華な上着を剥ぎ取られ、ザイフリート領の「囚人労働用リネン」に着替えさせられて連行されていった。

 かつて私を追放した男が、今は私の「黒字」を作るための端くれの歯車として、一生、数字の海に溺れることになる。……これ以上の「適材適所」が、他にあるかしら。


 ◇


「……エルゼ。やはり、あやつは処刑しておくべきだったのではないか」


 執務室に戻ったゲルハルトは、未だに不機嫌そうに窓の外を睨んでいた。

 彼の独占欲は、ジュリアンのような「過去の遺物」に対しても、一切の容赦がないらしい。


「閣下、嫉妬ですの? ……可愛いところがございますわね」


「……。嫉妬ではない。……不愉快なだけだ。貴様の過去を知る男が、この地で息をしていることがな」


 ゲルハルトは私の腰を強引に引き寄せ、そのまま机の上に座らせた。

 彼の瞳には、ジュリアンへの嫌悪を上書きしようとするような、深い、深い情欲の色が混じっている。


「……あんな男、私の中ではもう『計算外』の存在ですわ。……それとも、閣下が私を満足させてくださらないから、私が昔を懐かしむとでも?」


「――。抜かせ」


 ゲルハルトが私の唇を奪おうとした、その時。

 控えめな、けれど確固たる意志を持ったノックの音が響いた。


「……お取込み中、失礼するよ。辺境伯、そして魔女殿」


 扉を開けて入ってきたのは、レガリア帝国第三皇子、ユリウス。

 彼は捕虜となった自軍の兵士たちの惨状を見てもなお、一切の動揺を見せず、洗練された一礼を捧げた。


「皇子。……貴様、まだこの地に用があるのか。……それとも、今度は貴様が帳簿係になりたいのか?」


 ゲルハルトが私を離さず、座らせたままユリウスを威圧する。だがユリウスは、その光景をむしろ「仲睦まじいことで」とでも言いたげに微笑んで受け流した。


「いや、私は『敗者』として来たのではない。……エルゼ殿。君が昨夜見せた『眠りの香り』。……あれは、戦場を無力化するだけではない。……人間の『本音』を引き出す効果もあるのではないかな?」


 私は、ユリウスの瞳の奥にある真意を読み取ろうと、視線を細めた。


「あら。……自白剤としての転用を、既に見抜かれましたのね」


「確信に変わったよ。……そこで、商談だ。……レガリア帝国の内部には、皇帝陛下を盲信する狂信的な軍部――『黒鷲派』がいる。彼らは私の和平案を邪魔し、君を暗殺しようとした連中だ。……彼らを一掃するのに、君の『かおり』を貸してくれないか?」


 ユリウスが、懐から一通の『全権委任状』を取り出し、テーブルに置いた。


「もし君が協力してくれるなら、帝国はザイフリート領を『大陸唯一の自由貿易特区』として承認し、関税を永久に撤廃しよう。……どうかな、魔女殿。……帝国を、君の香水で『浄化』してみる気はないかい?」


 静寂が流れる。

 それは、単なる降伏勧告ではない。

 帝国という巨大な権力構造そのものを、エルゼの「知恵」で解体し、再構築しようという……あまりにもえげつない、けれど魅力的な『投資』の提案だった。


「……ふふ。クララ、帳簿を。……レガリア帝国の『掃除コスト』、見積もりを出して差し上げましょう」


 私はゲルハルトの腕の中で、最高に不敵な微笑みを浮かべた。

 

 かつての婚約者は、倉庫で泥にまみれ。

 新たな敵は、自ら首を差し出して、私の『知恵』を乞う。

 

 ザイフリートの黒字は、ついに大陸の国境線さえも書き換えようとしていた。

第29話、お読みいただきありがとうございました!

ついに再登場したジュリアン王太子!

しかし、かつての威光はどこへやら、エルゼ様の「無給帳簿係」として最底辺からの再スタートです。パジャマ姿の帝国兵と一緒に算盤を弾く彼の姿、まさに「ざまぁ」の極みですわね(笑)。


そして、そんなジュリアンへの嫉妬を隠さないゲルハルト閣下の独占欲……。

「嫉妬ではない」と言いつつ、エルゼ様を離さない彼の執着っぷりに、ニヤニヤしていただけましたでしょうか?


次話、ついにユリウス皇子との「禁断の共同戦線」が始動。

帝国という巨大な巨像を、エルゼ様がどうやって「お掃除」してしまうのか。

そして、新章の締めくくりとなる『大陸の女王』への道が見えてきます!


「ジュリアンの転落っぷりが最高!」「閣下の独占欲、もっと重くして!」

と思ってくださった方は、ぜひ【下部の☆☆☆☆☆】をポチッと押して評価、または【ブックマーク】をお願いいたします!

皆様の評価が、次の「黒字の罠」をさらに巨大化させますわ!


次回、大陸の女王へ。帝国皇帝との「対等なる決闘(商談)」。

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ