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第27話 スパイの潜入。クララ局長、裏切りの(フリをする)接待術

「……それで、ネズミの正体は掴めましたかしら?」


 深い夜。ゲルハルト閣下の腕の中からすり抜け、私が向かったのは、城の地下にある資料室――ではなく、その隣にあるクララの私室だった。

 扉を開ければ、そこには昼間の聖女らしい慎ましさはどこへやら、高級なワインを煽りながら帳簿を睨むクララの姿があった。


「あら、エルゼ。新婚さん(仮)がこんな時間に何の用? 閣下の『重すぎる愛』から逃げ出してきたのかしら」


「冗談はそれくらいにして。……昼間の光学兵器の実験中、設計図を盗もうとした者がいたわ」


 クララはワイングラスを置き、ニヤリと口角を上げた。


「分かってるわよ。アンハルト商会の物流網を舐めないで。……犯人は、最近雇い入れたばかりの若手の技師、ミヒャエルね。彼はレガリア帝国の貧民街出身。病気の妹を人質に取られて、帝国の情報部員に仕立て上げられた……典型的な使い捨ての駒よ」


 私は、手元にある偽の設計図――レンズの屈折率ではなく、アルカリ濃度と香料の配合比率だけを記したもの――をテーブルに置いた。


「なら、彼に『本物』を渡してあげて。……ただし、彼が『帝国を裏切ってでも私を助けてくれた、哀れな被害者』として、私の前で跪く準備が整ったところでね」


 ◇


 翌日。城の廊下で、私は意図的に「レンズの配合表」が挟まった手帳を落とした。

 物陰から、ミヒャエルが震える手でそれを拾い上げる。


「あ……エルゼ様。落とし物ですよ」


「まあ、ありがとうミヒャエル。……貴方のような有能な技師がいてくれて助かるわ。近いうちに、貴方を帝国の技師たちをも超える『光学の責任者』に任命するつもりですのよ?」


 私の優しい、そして嘘くさい微笑みに、ミヒャエルは罪悪感で顔を歪ませた。

 だが、彼はそのまま手帳を懐に入れ、夜、クララの部屋へと忍び込んだ。……もちろん、クララが「酔い潰れて寝ている」という完璧な舞台装置が整った後の話だ。


「……すまない。でも、妹を救うには、これしかないんだ……!」


 ミヒャエルが、クララの机にある『秘伝の配合表(と書かれた紙)』を、震える手で書き写す。

 そこへ、パチンと指を鳴らす音が響いた。


「――。いい写しは取れましたかしら?」


 部屋の明かりが一斉に灯る。

 そこには、冷徹な瞳で見下ろす私と、剣を抜かずにただそこに立つだけで壁のような威圧感を放つゲルハルト閣下がいた。

 さらに、ベッドで寝ていたはずのクララが、欠伸をしながら起き上がる。


「……ミヒャエル君。君、写経の才能があるわね。でも、残念。君が今、必死に書き写したのは……ザイフリート領の『秋の新作・ローズ石鹸』の熟成レシピよ」


「な……っ!? 石鹸……!?」


 ミヒャエルが手に持っていた配合表を二度見し、三度見する。


「貴様。その紙を持って帝国へ戻り、自慢の皇帝に教えて差し上げなさい。……『光の秘密を知りたければ、まずは自分の手を洗ってから出直せ』と」


 私は、絶望に崩れ落ちるミヒャエルの前にしゃがみ込み、彼の懐から『妹の肖像画が入ったロケット』を抜き取った。


「妹さんの治療なら、我が領の精油と消毒薬ですぐに治りますわ。……帝国に利用されて使い捨てられるか、それとも私の『黒字の計算』の一部として、一生私にこき使われるか。……どちらが賢明な判断か、貴方なら分かるでしょう?」


 ミヒャエルは、床に額を擦り付けて泣き出した。

 帝国のスパイという「外からの攻め」は、一瞬にして「内側への取り込み」へと書き換えられた。


 だが、その様子を横で見ていたゲルハルト閣下が、ミヒャエルが落とした別の書状を拾い上げた。

 その瞬間、閣下から氷点下を突き抜けるような、凄まじい殺気が放たれた。


「……。エルゼ。この男、設計図を盗むついでに……『これ』も受け取っていたようだぞ」


 閣下が差し出したのは、帝国の印章が押された小さな木札。

 それは情報の奪取ではなく、対象の抹殺を命じる――『暗殺許可証』だった。


「……。俺の目の前で、貴様を殺そうとする計画を、あいつらは並行して進めていたわけだ」


 ゲルハルトの手の中で、木札が粉々に砕け散る。

 

「……。エルゼ。やはり、帝国は滅ぼすしかない。……俺の許可なく貴様に触れようとする者は、一兵卒に至るまで、この地の錆にしてやる」


「……閣下。落ち着いてくださいまし。まずは、彼に『偽の成功報告』を帝国へ届けさせるのが先ですわ。……帝国軍が、お風呂と石鹸に夢中になっている間に、私たちは次の手を打つ。……そうでしょ?」


 私は彼の荒れ狂う殺気を、背後から抱きしめることで宥めた。

 鉄の鎧の冷たさが、私の体温で僅かに和らぐ。

 

 帝国の傲慢な暗殺計画。

 それが、ゲルハルトという怪物の眠りを、決定的に妨げてしまった。

 

 次の一手。

 香水は、時に刃よりも鋭く――帝国軍を「香り」で無力化する、エルゼ流の真の戦いが幕を上げる。

第27話、お読みいただきありがとうございました!

帝国のスパイを見事に逆利用し、ついでに有能な技師を一本釣りしたエルゼ様。

盗ませたのが「石鹸のレシピ」だったという展開、まさに内政モノの醍醐味ですわね!


そして、エルゼ様への「暗殺許可証」を見て、ついに理性が消え失せたゲルハルト閣下。

彼の怒りは、もはや「防衛」の域を超えて「殲滅」へと向かっています。

過保護が過ぎる閣下、ここからの暴走(溺愛)も楽しみです!


「石鹸のレシピで絶望させるエルゼ様、最高!」「閣下のブチ切れ方が本気でカッコいい」

と思ってくださった方は、ぜひ【下部の☆☆☆☆☆】をポチッと押して評価、または【ブックマーク】をお願いいたします!

皆様の応援が、エルゼ様の「黒字の罠」をさらにえげつなくさせますわ!


次回、香水は、時に刃よりも鋭く。帝国軍を「香り」で無力化せよ。

お楽しみに!

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