第26話 鉄とガラスの城。光学兵器(ただの凸面鏡)で帝国のプライドを焼く
「……殺す。あの男だけは、この手で八つ裂きにせねば気が済まん」
謁見の間の重厚な扉が閉まった瞬間、ゲルハルト閣下の拳が壁の装飾を粉砕した。
先ほどまでの冷徹な威圧感はどこへやら、今の彼は剥き出しの殺意を撒き散らす獣そのものだ。私を抱く腕の力は、骨が軋むほどに強く、そして微かに震えていた。
「閣下。……落ち着いていただけます? 私の首が飛ぶ前に、閣下の腕で締め落とされてしまいそうですわ」
「……。すまん、エルゼ。だが、奴は貴様を『帝国の道具』と呼んだ。俺の目の前で、貴様を奪うと言ったのだぞ!」
私は、彼の胸板にそっと手を置き、その荒い鼓動を宥めるように撫でた。
鉄仮面がこれほどまでに感情を爆発させるのは、それだけ私を「唯一無二」だと思ってくれている証拠。……重い愛ですけれど、悪い気はいたしませんわね。
「殿下が狙っているのは、私の身柄ではありませんわ。……私の頭の中にある『理』です。なら、それを見せつけて差し上げましょう。……ただし、彼らが決して手に届かない、絶望的な形で」
私はクララとバルトを呼び出し、地下の工房へと向かった。
そこには、第1部で香水瓶を作るために改良を重ねた、超高温を維持できる反射炉がある。
「バルト様。……砂を持ってきてくださる? それも、北の海岸で採れる、純度の高い珪砂を」
「砂ぁ? お嬢様、今度は砂を煮て何を作る気だ。帝国軍が攻めてくるってのに、砂遊びかよ!」
「いいえ。……帝国から『視界』を奪うための、光の結晶ですわ」
◇
三日後。
ユリウス皇子が宣言した「回答の期限」である正午。
帝国の旗艦からは、回答を催促するように魔導砲の砲門がこちらを向いていた。
だが、私は城の最も高い尖塔の上に、巨大な「円盤」を設置させていた。
職人たちが心血を注いで磨き上げた、巨大な凹面鏡。そして、私が計算して配置した、特殊な屈折率を持つガラスレンズの数々。
「――回答を聞こうか、ザイフリート辺境伯。エルゼ殿をこちらへ渡すか、それともこの街を火の海にするか」
ユリウス皇子が、拡声の魔導具を使い、海の上から宣告する。
「回答なら、既にお見せしておりますわ、殿下」
私は尖塔の上から、手元の鏡を動かした。
「……? 何を――っ!?」
次の瞬間、海上の帝国旗艦の甲板が、凄まじい「光」に包まれた。
太陽の光を一点に凝縮し、数百倍の熱量へと変換して叩きつける、巨大な収束光。
魔導でも魔法でもない、ただの『物理現象』が、帝国の旗艦の帆を一瞬で焼き切り、甲板の兵士たちをパニックに陥れた。
「な……っ!? 火力魔法ではないのか? 魔力の残滓が一切感知できん……!」
「魔法ではありませんわ、殿下。……これは単なる『光の計算』。貴方たちが誇る魔導障壁は、魔力には反応しても、ただの『日光』を防ぐようには作られていないのでしょう?」
私は望遠鏡――これも今回の突貫工事で作らせたものだ――を覗き込み、ユリウス皇子の驚愕の表情を確認して微笑んだ。
「貴方たちが求めた『兵器』とは、これのことかしら? ……だとしたら、残念でしたわね。この光を制御できるのは、世界で唯一、このザイフリート領の技術だけですもの」
「エルゼ……。貴様という女は……!」
ユリウスの悔しげな叫びが、潮風に乗って届く。
帝国の無敵艦隊は、物理的な破壊を受ける前に、自分たちの常識が通用しない「知恵の暴力」を前にして、撤退を余儀なくされた。
◇
その夜。
勝利に沸く城のバルコニーで、私はゲルハルト閣下に抱きすくめられていた。
「……光学兵器、だったか。貴様の発明は、いつも俺の戦場を塗り替えてしまうな」
「あら、あれはただの掃除ですわ。……汚い欲望を持った方々を、光で消毒して差し上げただけですもの」
ゲルハルトは私の髪に指を通し、逃がさないようにその首筋を噛んだ。
痛みを伴うほどの、深い印。
「……もう、誰にも貴様を見せたくない。……あの皇子も、この地を狙うハイエナどもも、全員の目を潰してやりたい気分だ」
「……。閣下、独占欲が過ぎますわよ」
「……。貴様が有能すぎるのが悪い」
彼はそのまま、私の唇を塞いだ。
熱い、そして焦燥感に満ちた口づけ。
だが、その甘い空気の中で、私は微かな『違和感』を覚えていた。
城の影。
勝利に沸く職人たちの中に、一人、私の望遠鏡の設計図をじっと見つめ、懐に隠そうとしている男の姿があったのだ。
(……あら。ネズミが紛れ込んでいたようですわね)
私はゲルハルトの腕の中で、氷のような瞳でその背中を見送った。
帝国の本当の攻撃は、大砲などではなく、内側からの腐敗にある。
私の知恵を盗もうとする不埒な輩には、それ相応の「絶望」を用意してあげなくては。
第26話、お読みいただきありがとうございました!
「光の計算」で帝国艦隊を文字通り焼き払うエルゼ様。
魔法が支配する世界で、物理法則という「誰にも逆らえないルール」を突きつける爽快感、楽しんでいただけましたでしょうか?
そして、エルゼ様を誰にも見せたくなくて、ついに首筋に「印」を刻んでしまうゲルハルト閣下。
彼の溺愛は、もはや理性の限界を超えようとしていますわね!
次話、城内に潜む帝国のスパイとの知恵比べ。
エルゼ様が用意した「偽の設計図」という罠に、間抜けなネズミがどう引っかかるのか――?
そしてクララ局長の「裏切りの接待術」も炸裂する予感です!
「エルゼ様のドSな光線、最高!」「閣下のマーキング、もっとやって!」
と思ってくださった方は、ぜひ【下部の☆☆☆☆☆】をポチッと押して評価、または【ブックマーク】をお願いいたします!
皆様の評価が、次の「黒字の計略」を加速させますわ!
次回、スパイの潜入。クララ局長、裏切りの(フリをする)接待術。
お楽しみに!




