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第23話 帝国の傲慢。氷の令嬢、皇帝からの招待状をシュレッダーにかける

「――繰り返す。皇帝陛下は、貴女のその『卑しい知恵』を、帝国の繁栄のために捧げる機会を与えてくださったのだ」


 祝祭の鐘の音がまだ耳の奥に残る、ザイフリート城の謁見の間。

 先ほどまでの温かな空気は、黒い外套を纏った男――帝国使節ヴィラールが放つ、冷酷な軍靴の響きによって塗り潰されていた。


 ヴィラールは、跪くことさえせず、傲慢に顎を引いて私を見下ろしている。その手には、帝国の象徴である『双頭の鷲』が刻印された、黄金に輝く招待状が握られていた。


「卑しい、とお仰いましたかしら?」


 私は、ゲルハルト閣下の隣で、扇をゆっくりと畳んだ。

 隣に立つ閣下の全身からは、今にも使節を微塵切りにしそうなほどの、凄まじい殺気が漏れ出している。私はその逞しい手をそっと制し、使節の前に一歩踏み出した。


「ええ、左様。香水などという女子供の玩具で、王国の弱みを握り、私腹を肥やす。その姑息なやり方は、我ら帝国の『力こそが正義』という理念からは程遠い。だが、陛下は慈悲深い。その小賢しい頭脳を、帝国の兵器開発に役立てるというのであれば、ザイフリート領の存続を認めてやろうと仰せだ」


 兵器開発。

 なるほど、帝国が狙っているのは香水の「香り」ではなく、その製造工程で培われた「化学」の基礎技術……すなわち、火薬や毒薬への転用というわけね。


「……話はそれだけか」


 ゲルハルトが、地を這うような低い声で問いかけた。


「ああ。返答は今すぐでなくていい。三日後の正午、その招待状を持って、我が旗艦へと出向くがいい。さもなくば、この港町を、我らが新型魔導砲の試射場に変えるまでだ」


 ヴィラールは鼻で笑うと、黄金の招待状を無造作にテーブルへと投げ出した。

 まるで、施しでも与えるかのようなその動作。


 私は、その招待状を指先でつまみ上げた。

 羊皮紙に金糸を織り込んだ、いかにも高級そうな代物。だが――。


「……使節様。一つお尋ねしますわ。この『招待状』にかかったコストは、どの程度かしら?」


「何……?」


「紙の質は並。金糸の純度は低く、インクの定着も甘い。……何より、この封蝋に使われている樹脂は、酸化が進んで独特の不快な臭いを放っています。……一言で申し上げて、我が領の『帳簿』に載せる価値もない、粗悪品ですわ」


 ヴィラールの顔が、怒りで赤黒く染まる。

 私は、背後に控えていたハンスに目配せをした。


「ハンス様。以前、機密書類の処理用に製作させた『アレ』を持ってきてくださる?」


「はっ、承知いたしました!」


 ハンスが恭しく運んできたのは、複数の鋭い刃が並んだ手回し式の木製機械――私が現代知識を基に職人バルトに作らせた『手動シュレッダー』だ。


「貴様、何を……」


 私は、ヴィラールの目の前で、黄金の招待状を機械の投入口へと差し込んだ。

 ガリガリ、ガリガリ……という、耳障りな音が静寂の中に響く。


 一瞬の後。

 皇帝の権威の象徴であったはずの招待状は、均等に裁断された細長い紙片となって、床へとハラハラと舞い落ちた。


「――っ!? き、貴様……狂ったか! 皇帝陛下の御尊名を、このようなゴミに変えるとは……!」


「ゴミではありませんわ、使節様。……我が領の最新鋭の農場では、このような裁断紙を家畜の寝床に再利用しておりますの。皇帝陛下の慈悲が、我が領の豚たちの安眠に役立つ。……これ以上の有効活用が、他にあるかしら?」


「エルゼ……!」


 隣でゲルハルトが、堪えきれないといった様子で短く噴き出した。

 使節ヴィラールは、屈辱のあまり震えながら、腰の剣に手をかけた。


「……後悔させてやる。三日後、この傲慢な女の首を、皇帝陛下への献上品にしてくれるわ!」


「ええ、楽しみにしておりますわ。……ああ、それから。お帰りの際は、ぜひ我が領の『石鹸』をいくつかお持ち帰りになって。……貴方のその、戦場の血と泥が染み付いた体臭……。私の領地の空気を汚すには、少々刺激が強すぎますもの」


 ヴィラールは捨て台詞を残して去っていった。

 嵐が去った後の謁見の間。ゲルハルトは私の肩を強く抱き寄せ、その瞳に熱い輝きを宿していた。


「……。エルゼ。貴様という女は、本当に、俺の想像の枠を軽々と飛び越えていくな」


「あら、閣下。計算の合わない『投資』は、即座に損切りするのが鉄則ですわ。……さて、クララ。帝国軍の兵站、特に『衛生状況』についての報告をいただけますかしら?」


 物陰から、いつの間にかメモ帳を手にしたクララが姿を現した。


「流石ね、エルゼ。……あちらの兵士たち、長旅と不衛生で、かなり『痒い』思いをしているみたいよ? 鎧の下は、きっと見るに堪えない状況でしょうね」


「ふふ。……なら、私たちの次なる商品は、もう決まりましたわね」


 私は、床に散らばった招待状の残骸を踏みつけ、窓の外の漆黒の艦隊を見据えた。


「香水は、贅沢品。……ですが、石鹸と清潔さは、命を左右する『戦略物資』ですのよ。……帝国に教えて差し上げましょう。本当の『支配』とは、武力ではなく、人間の生存権を握ることから始まるのだということを」


 ザイフリート領の逆襲、第2幕。

 氷の令嬢の指先が、今、帝国の巨大な牙を根底から腐らせる準備を始めていた。

第1部を完走し、ついに第2部『大陸動乱編』が幕を開けました!

第1話からお読みいただいている皆様、そして新しくこの物語に触れてくださった皆様、本当にありがとうございます。


いきなり現れた帝国の傲慢な使節。それを「シュレッダー」で物理的に切り刻むエルゼ様のドSっぷり、楽しんでいただけましたでしょうか?

この機械、実は第1部でバルトが「何に使うんだこんなもん」と言いながら作っていた……という隠れた伏線も回収しております。


次話、ついに「石鹸」を用いた、エルゼ流のえげつない経済・兵站戦が始動します。

不潔な帝国軍を、エルゼ様がどうやって「お掃除」してしまうのか――?

そしてゲルハルト閣下の「俺の妻を汚い奴に見せるな」という過保護も加速していきます!


「新章もワクワクする!」「招待状を家畜の寝床にするエルゼ様、最高!」

と思ってくださった方は、ぜひ【下部の☆☆☆☆☆】をポチッと押して評価、または【ブックマーク】をいただけますと、執筆の魔力が無限に湧いてきます!


今後とも、ザイフリート領の快進撃をお見逃しなく!

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