第22話 鉄の薔薇、王都を呑み込む。そして新たなる「帝国」の影
王都ラ・ヴァリエール。かつて私が「無能」の烙印を押され、泥を啜るようにして追い出されたその街は、今や音も立てずに窒息していた。
「……エルゼ、頼む! 君がいないと、この国は本当に終わってしまうんだ!」
謁見の間の冷たい石畳に膝をつき、惨めに頭を垂れる男。
かつての婚約者、ジュリアン王太子。その金糸の刺繍は擦り切れ、瞳からはかつての傲慢さが消え失せている。
「王都の国庫は空だ。貴族たちは香水欲しさに私財を売り払い、平民たちは重税に耐えかねて北のザイフリート領へ逃げ出している……。君が戻って、あの『帳簿の魔法』を使ってくれれば、すべて元通りになるはずなんだ!」
私は、ゲルハルト閣下の隣で、静かに扇を閉じた。
かつてこの男の言葉一つで、私はすべてを奪われた。けれど今、目の前にいるのは、裁く価値さえ感じられない「過去の残骸」に過ぎない。
「ジュリアン殿下。貴方は一つ、大きな勘違いをしていらっしゃいますわ」
私は、クララが持ってきた一通の書類を彼の前に滑らせた。それは、アンハルト商会を通じて密かに買い集めていた、王家の『債権』の全リストだ。
「貴方が今日まで食べていたパンも、その汚れた服も、すべては『我が領』が立て替えた借金の上に成り立っています。……王都を救ってほしい? おかしなことを仰いますのね。私は既に、この国を『買い取って』しまいましたのよ」
「な……っ!? 買い取った……だと?」
「ええ。本日を以て、ラ・ヴァリエール王国はザイフリート辺境伯領の『経済保護下』に入ります。貴方は王太子ではなく、私の帳簿を埋めるための『債務者』になられたのですわ」
絶望に顔を歪めるジュリアン。
復讐は終わった。けれど、それは私とゲルハルトにとって、本当の戦いの始まりでしかなかった。
◇
一ヶ月後。ザイフリート領。
領地は、独立国家並みの繁栄を謳歌していた。
私は純白のドレスを纏い、教会のバルコニーで、愛する夫となったゲルハルトの隣に立っていた。
「……エルゼ。これでようやく、平穏が訪れると思っていたのだがな」
ゲルハルトが、苦笑混じりに私の腰を引き寄せた。
彼の視線の先――。
ザイフリートの港には、見たこともないほど巨大な、漆黒の装甲を纏った艦隊が姿を現していた。
マギウス教国でも、王都の残党でもない。
大陸の東、未開の地を支配すると言われる最強の軍事国家『レガリア帝国』の紋章。
「……。閣下、どうやら私の『帳簿』に、新しい項目を追加しなければならないようですわ」
「ああ。……今度の相手は、香水一瓶で黙るような連中ではなさそうだな」
艦隊から放たれた一隻の小舟。
そこから降り立った帝国の使者は、広場を埋め尽くす領民たちの前で、傲慢なまでに堂々と宣言した。
『――ザイフリート領の領主夫人、エルゼ・フォン・ザイフリート。我が帝国の皇帝陛下が、貴女の「知恵」に興味をお持ちだ。……大人しく従うか、それとも「火の海」に沈むか。選ぶがいい』
領民たちが息を呑み、静まり返る。
だが、私の心臓は、恐怖ではなく、かつてない高揚感で脈打っていた。
「クララ、バルト、ハンス。……新しいプロジェクトの開始ですわ」
私は、ゲルハルトの手を強く握り締め、帝国の使者に向けて不敵に微笑んだ。
「レガリア帝国? お聞きしたことはありますわ。……ですが、私の時間を奪うのであれば、それ相応の『対価』を支払っていただかなくては。……帝国全土の『市場独占権』、それで手を打って差し上げますわよ?」
鉄の荒野に咲いた一輪の薔薇は、今や大陸を飲み込む巨大な大樹へと成長しようとしていた。
私の、そしてザイフリートの「逆襲」は、ここから第2章へと突入する。
第1部『領地経営編』――完。
そして物語は、激動の『第2部:大陸動乱編』へ!
エルゼの「逆襲」は、まだ終わりません!
第1部では、廃鉱山を香水の聖地へと変え、無能な王太子を経済的に屈服させました。
続く第2部では、舞台を一気に大陸全土へと広げます。
突如として現れた軍事大国『レガリア帝国』。香水一瓶では動じない強大な敵に対し、エルゼは「石鹸」「ガラス」「医薬品」といった近代技術の結晶を武器に、さらなる経済戦を仕掛けていきます。
もちろん、ゲルハルト閣下の「重すぎる溺愛」と、彼の騎士団による圧倒的な無双シーンもマシマシでお届けする予定です!
「第2部も楽しみ!」「帝国の鼻をあかしてほしい!」
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第23話からは、いよいよ新章突入です。
氷の令嬢が「大陸の女王」へと登り詰める軌跡を、ぜひ最後まで見届けてください。
次回の更新をお楽しみに!




